第1章 洋平君、来客。

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 重たそうな真鍮製のノブを引いてみる。 カランッコロンッ、小さなカウベルがノスタルジックな音を立てた。 「いらっしゃい」初老の男性の声が奥から聞こえる。  洋平はまた眼を凝らし店の中を見回した。ここちよくシャンソンが流れている。  幅3メートル、奥行きは10メートルほどだろうか、薄暗い店内の天井からは電球をちりばめたようなシャンデリアが垂れさがっている。  カウンターは3席。しかも誰もいない。赤いレザーでできたスツールが3つカウンターの前に並んでいる。カウンターの中には背が高くスラリとした老人がバーテンダーの格好で立っている。ゆたかな白髪(はくはつ)は七三分けになっていてカーネルおじさんのように黒縁メガネで微笑んでいる。 「あ、あの」 「初めてでいらっしゃいますね」北川はゆっくりと落ち着いた声で言った。 「ここは、バーですか、なんですか?」洋平は訊いた。 「看板の通りです。バーでも飲み屋でもありません」北川はにこやかに言った。 「はあ? んじゃなに屋さんですか?」 「うっぷんかん、と申します。私は店主・北川です。どうぞお見知りおきを」 「だから、なに屋さんですか、って聞いているんです」 「まあ、まあ、まずはおかけになって、メニューをどうぞ」     
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