あるコイの物語

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あるコイの物語

 十五年前、蒸し暑い夏の夜のこと。当時小学生だった僕たちは、街の中心部に位置するみどり公園に集合した。  僕を含めた男は皆Tシャツにショートパンツ、佳奈は水色のワンピースを着てきて、端から見ればこの子供達はこれから花火でもしに行くように見えたことだろう。実際僕は友達と花火をするのだと親に嘘をついて出てきた。  裕貴は釣り竿を、正一は虫取り網とライトを、佳奈は大きめの青いポリバケツを持参し、僕はポケットに小さな鍵を忍ばせていた。  そのように、花火を持ってきた者は誰もいなかった。僕たちは小学生らしく、ちょっとした冒険に出かけるところだったのだ。 「康平、鍵は持ってきたんだよな?」 「ああ、あるよ」  裕貴に訊かれてポケットに手を突っ込み、鍵があることを確認した。誰のもので、何の鍵なのかも分からない。ゴミ捨て場に落ちていたものだから、きっと必要のないものなのだろう。 「でも信じられないわね。鍵で魚が釣れるなんて」  言葉どおり、佳奈はその話を頭から信じていないようだった。  僕たちが捕らえようとしている獲物、つまりみどり公園の池に住む主は鍵が好物らしく、それを餌にして釣り糸を垂らせば食いついてくるというのは、裕貴が仕入れてきた極秘情報。誰も本気にしていなかったが、裕貴だけは汚れを知らぬ乙女のように、その与太話を信じて疑わなかった。 「人間の言葉を話す鯉だぜ。鍵を食っても鉄のウンコをしてもおかしくないだろ」  そんなものがいればな。呆れていたのは僕だけではなかったはずだ。
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