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「海の月って書いてクラゲなんだよ」
「全然、月って感じしない」
「ああ、僕の絵じゃ下手で伝わらないね。図書館に海の生物の図鑑とあるかい?」
クラの後のゲが、あやまって付いてるように思える。ひらひらした生き物らしいから、クララとかがいいんじゃないだろうか。
「図書館、あんまり行かないけど、見てみるね」
重いランドセルを置くためいったん帰宅すると、いちばん下の姉の結婚が決まったことを母に告げられた。
これで姉三人とも家を出ていくことになる。また婚儀があるってことは、勉強のため中央に行ってる兄も帰郷してくるのか。すでに結婚した姉たちとは、それ以来会っていない。兄はいずれ家を継ぐ。
兄とも姉ともぼくは歳が離れていて、いちばん下の姉がいちばん歳が近いものだから、ぼくはその姉に最も懐いていた。
今回は素直に祝えないな。
姉に会わずに、図書館に向かう。
クラゲの写真を見ることはできなかった。
だって、海の生き物に関する本自体、図書館にはなかったのだ。
ぼくはそれを初めて知った。しかも、むかしよりも本の所蔵数まで減った気がする。棚に、変に大きな空きがあるのだ。
棚と棚のあいだを落ち着きなくさまようぼくに司書さんが声を掛ける。
なにも借りず、図書館を出た。
傷んだ赤色をした太陽が落ちていく。
その晩、食卓で父がぼくに口を開いたと思ったら、ヒロトのことだった。
「お前、302号室の患者に会いに行っているのか」
「だめなの」
ぼくは姉のほうを向かないようにしたくて、夕食の焼き魚の白い目ばかり見ていたところだった。父は唇を固く結んで険しい顔だ。
「やめておきなさい」
「なんで」
「とにかくだ」
理由は教えてもらえなかった。脚が悪いから連れ回すなってことかな。
食事を終え離れる父は、サンも来年は中学生か、と呟いた。
そういえばそうなのだ、ぼくは来年中学生なんだ。この街で毎日をぼんやりと消費することに明け暮れて、全然意識していなかった。なんてばかだなんだろう。
結局お前は頭足りないよな、という兄の嫌味が思い出された。
翌日もヒロトに会いに行った。
彼はまた窓の外の景色をあわれんでいる。街だけじゃなく、海も灰色なんだ。
「嫌な街だ。見かけは粘膜のように湿っぽいのに、触れるとかさかさしていて、乾燥しきってあとは風化していくだけのような」
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