二話

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「僕の知ってる店で良いですか?」 無論、特にこだわりはない。新宿の雑踏から十分も歩いた場所で、こじんまりとした居酒屋に案内された。なんだか不思議な男だと感じる。だからこその興味でもあった。案外と小奇麗な店で、落ち着いた静かな店は夫婦二人で営んでいる様子だった。 男の顔を確認すると、店主が嬉しそうに微笑んで「いらっしゃい柳さん」と名前で呼ぶのだから常連であるのだろう。少し驚いたのは、カウンターと二席のテーブルの店で奥さんらしき人物が予約と書かれた小さなスタンドをテーブルから外した事だ。 どうやら最初から予約をしていたらしい。待ち合わせの時にはそのような素振りは見せていなかったし、道すがらに店に連絡した様子もなかった。 「ここで良かったですか?」 「ああ、良い感じの店だね」 柳は口の端を上げて嬉しそうな目で笑いかける。やはり違和感を感じる、嫌な感じではないのだけれど普通とは違う。立場的に言えば私が発注先で、彼は出入りの業者なのだ。普通ならばもう少しそれらしい立ち居振る舞いをするだろう。 なんと云うか、柳にはそうした事とは無縁な余裕を感じてしまう。生のビールを頼み、つきだしの小鉢に箸をすすめた。 「そうそう、藤間さん。どうして僕なんかを誘ってくれたんですか?僕は面白そうなので歓迎ですけれど」
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