story 1 ~ 序章

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手帳を握りしめる矢野の前に手を差し出す。 顔を上げた矢野は涙でグシャグシャで さらにひどい顔になっていた。 全く。これで本当に年上なのだろうか。 矢野はずぶぬれの仔犬のように震えながら ボロボロの手帳を俺に手渡した。 ザッと適当に開いてパラパラとめくる。 マル暴の刑事がヤクザにこういうのを 見せていいと思ってるのか。 まあ。今のコイツは普段でさえ まともに出来ないのに 正しい判断など出来るわけがない。 それにしても細かく書いてある。 日頃の矢野からは信じられないくらいの 緻密さだ。 またとても読みやすい。 意外と字が綺麗なのも驚きだ。 何枚かめくっていくと 見出しに囲って 真壁徹・さゆり殺人放火事件と 書いてあった。 数行読み進め 愕然とする。 犯人がさゆりの腹を包丁で刺す前後 性的暴行を加えた様子が 供述として 赤裸々に書いてある。 ページをめくるとその描写は何枚にも渡り 読むだけで胸糞悪くなるひどい有様だった。 犯人の供述は ほぼそれに集中し 数日間に渡っていたであろう取り調べは 終始その性描写の繰り返しだった。 それ以外に報告出来る内容は犯行を認め どう殺したかと 口にした恨み言以外に ほとんど残っていない。 パタンと手帳を閉じて項垂れる矢野に視線を向ける。 言わなければいいのだ。 簡単な話だ。 この供述通り報告出来ないと悩み 泣いているのだということは分かった。 だが相手は景だ。 普通なら 報告などしなくていい。 刑事が一般人に犯人が何を供述したかなど 本当は言ってはならない。 今までの経緯と 景が刑事だった事を踏まえ 坂田がそうしようと判断し 入院中の坂田に代わり 矢野がしているだけだ。 手帳に書いてある全てを報告する必要など無い。 景だって分かっている。 だから馬鹿正直に言う必要は無い。
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