始まり

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「今日も張ってたんですけどダメでした。」 俺がそう言うと 葛西先輩はそうか。。と残念そうに言ってくれ 「とりあえず体冷えてるだろうから コーヒー飲みなよ。」と カップを俺に近づけた。 ありがとうございます。と頭を下げる。 目を細くして微笑み 「事件のほとぼりが冷めるまでは あまり動きが無いかもしれないから 無理しないようにね。」 ポンポンと俺の頭を軽く叩くと 葛西先輩は手を挙げて 部屋を出て行った。 その仕草に 何故かあの人が思い浮かぶ。 あの日俺は真壁先輩に ご両親の事件の犯人が 供述した内容を報告に行った。 俺は結局手帳を開きもせず 犯人が犯行を自供した事と犯行の手口 それとお母さんへの罵詈雑言を 真壁先輩に説明した。 真壁先輩は悲しい瞳で そうか。と言い 「矢野。色々ありがとな。」と言ってくれた。 俺は 悔しくて悔しくて犯人が許せなかった。 でも尻込みしてただ泣く俺を あの人がここまで連れてきてくれたから こうして やらなければならない事がやれている。 絶対に泣いちゃいけない。 悲しいのは俺じゃない。真壁先輩だ。 必死に胸に湧き上がる感情を押し殺そうとした。 でも そう思っても 犯人が次から次へと口にした 耳を塞ぎたくなるような描写が 自分の書いた字となって俺の頭を駆け回る。 俺はバカだが 一度書いたら忘れない。 忘れたくても忘れられない。 「・・・酷すぎます。」 握る拳は震え また涙が出てきてしまった。 その時 大きな手に頭をポンポンと叩かれた。 怒りもせず そうして俺の横に立っている。 グッと涙を堪える。 真壁先輩はそんな俺たちを 暖かい瞳で見つめていた。 また張り込んでいると言ったら あの無表情を変え ポカンと俺を見るのだろうか。 久しく見ないその顔を思い出し 笑いが込み上げてくる。 急いでコーヒーを無理やり飲み 俺はまた報告内容へ頭を切り替えた。
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