喜び

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待ち合わせ場所に車を滑り込ませると 楓はすっと乗り込んできた。 家でも無いのに おかえり。ただいま。を 言い 薄く笑い合う。 さて。どうするか。 あの後 いくつか調べてはみたものの 近場は人目があるから無理だし 行った事がない所をプレゼンするのは 俺の流儀に反する。 だが 初めての楓のリクエストだ。 出来るだけ 応えてやりたい。 とはいえ 初めてぶち当たる難問に 結局 万全な対応策は見つからず とりあえずいくつか候補を挙げて 聞いてみるか。。と及び腰に楓を見る。 楓は首をコクンと傾げながら じっと俺の顔を伺っていた。 その顔は申し訳なさそうに曇り 俺を困らせている。と思っているんだろう。 せっかく一緒に居るのに こんな顔をさせたくはない。 俺が口を開いたタイミングで 楓も あの。。と小声で口を開いた。 ん。。と黙ると 楓はにこりと笑みを浮かべ 「あの。俺の行きたい所に行っても。。 いいですか?」と聞いた。 珍しい。 ポカンと口が開いたのがわかる。 今まで一度もそんな事を言われた事がない。 いつも俺が決め 嬉しそうについてくる 楓が初めて見せた意思表示だった。 「も・・もちろん。いいですよ。」 驚きながらもそう答えると じゃあ。。と言って腕を伸ばし んーと。んーと。とナビをいじりだす。 不器用に何度も間違えながら やっとさした場所は 少し離れた郊外で ここから車で一時間半くらいの小さな街だ。 「ここまで お願いします。」 そう言われ 頷き 戸惑いながらも 車を走らせた。 たまに横目で楓を確認すると ニコニコと嬉しそうに 景色を眺めている。 今日 何をしていたかの情報交換などが 終わった頃 車は目的地付近に到着した。 「ここに車停めれます。」 慣れ親しんだ場所のように楓はそう言い 指さされたパーキングに車を停めると さっと車を降り 懐かしそうに 辺りを見渡した。 楓は振り返り また指を指す。 「あそこ・・俺の出た大学です。」 確かに学校らしき建物がある。 そういう事か。 楓は今まで見た事がないくらい 自信ありげに先を歩く。 学生の頃 こうやってこの街で 過ごしていたのだろうか。 小さい楓の背中を追いながら 辺りを伺っていると 楓は小さい店の前で立ち止まった。 「ここです。。」 そう言って 躊躇なく楓は赤い暖簾をくぐり 中に入る。 俺も後からついて中に入った。
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