喜び

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「もう一か所行ってもいいですか。」 楓がそういい 道を案内する。 大学の裏に山があり山道を少し車で上がると 急に目の前が開け広場があった。 車を停め 二人で外に出る。 誰もおらず 広場を歩いて端まで行くと そこからは眼下に街と大学の敷地に 畑や田んぼが広がり ぽつりぽつりと灯りが灯っていて 空には都会では考えられないくらいの 満天の星と月が浮かんでいた。 空気はすっかり夏で それでも山の風は気持ちが良く心地よい。 「気持ちいいですね。」 はぁ。と深呼吸する。 こんな事をすることも珍しい。 楓も息を吸って ふっと吐くと にっこり微笑んだ。 「ここはお気に入りで。。よく来たんです。 自転車で上がってこれるので。。」 ここで一人いつも何を考えていたのだろう。 その頃の楓に会ってみたかった。 嫌な事や考えたいことがあった時 きっとふらりとここに来て この景色を見ながら若い楓は何を想っていたのか。 その楓の肩を抱いてやりたかった。 楓は俺を見上げ 「高嶺さんとここに来れて。。嬉しいです。」 それだけを言い また景色へと目を向ける。 色々と辛いことがあった。 まだ楓の心には癒えない傷がある。 肩を抱き寄せ そよぐ髪に口づける。 身体をそっと預け 楓は少し考え込むと 「大丈夫です。。頑張れそうです。 ありがとうございます。。」と また俺を見上げた。 その大きな瞳は月明かりでウルウルと潤んでいる。 その濡れた口を吸おうと近づくと 楓はハッと急いで口を手で覆い 「駄目です。。臭いです。」と慌てる。 ああ。ニンニクか。 思わず笑い 「俺も臭いからおんなじですよ。」と言うと 楓は目を見開いて 照れながらくすくす笑う。 今日はよく笑ってくれる。 俺にとってはちょっとした冒険だったが 一緒にここに来れて良かった。 何も計画していなくてもこんなに楽しめるのだな。 楓といるのはこんなにも気が楽なのか。 それでも嫌がる楓に無理やりキスをして 口を離してからわざと難しい顔をして 「本当だ。」とふざけて言うと 楓は え。。と言って顔をくしゃっとしかめ ぷいっと横を向いてしまう。 その日 楓は 歯を磨くまで二度と 口づけさせてくれなかった。
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