温もり

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坂田に教えてもらい その日の夜 元と別れてから俺は その場所に行ってみた。 気づかれないように遠くから眺める。 立っている。 物陰に隠れながら 背景に溶け込み 安物のスーツの襟を立てながら かじかむ手を必死に擦り合わせ じっと建物の入口を見つめている。 あれからもう三日だ。 矢野はあの日 気が済むまで泣き そっと自分の身を俺の腕から離して はーっと息を吐き出すと しょっちゅう泣くんですけど。と前置きをして 「留美が死んでから妹の事で初めて 腹の底から本気で泣きました。 なんか安心しました。 ありがとうございました。」 と見た事も無いくらいの爽やかな笑顔を 俺に寄越した。 やっぱりバカなのは俺だ。 本当に強いのは矢野だった。 理解は出来ない。 もっと方法はある。 なんでわからないのかがわからない。 それでも矢野は信念を貫き通す強さを持っている。 うまく立ち回る事を第一に考える 俺にはない執念深さで。 俺は足を踏み出し 矢野の目の前まで歩いていった。 途中で気づいた矢野は驚愕し おどおどと辺りを見回している。 俺の顔に視線を戻すと また怒られると思ったのか 小さい体をさらに小さくして すいませんとまた謝ろうとする。 遮るようにその冷たい両手を取ると びっくりして口をポカンと開けた。 相変わらずのバカ顔だ。 温めておいたカイロをその手に握らせる。 矢野は起こった出来事に 首をひねり混乱に慌てながらも 「・・あ。ありがとうございます。。」 と 上目遣いに俺に礼を言った。
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