離さない

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握りをテーブルに置き 楓の両頬を手で挟み 少し潤む瞳を見る。 「妹さんや被害者が亡くなったのは 楓のせいじゃありません。 きっかけはそうでもそこに辿り着く過程が 必ずある。 それはその人の責任だ。」 楓は でも。。とまた伏し目がちになる。 頬を手で更にぎゅっと挟み下を向かせない。 「だが そうやって死んでしまった人たちの 分まで 楓はしっかり生きなければならない。 自分のせいだと思うのなら。 尚更。生きるしかない。 俺の父親は死にたくても死ねない。 ただ物体のようにあそこにいるだけだ。 俺はあの人の分も生きていると思っている。」 楓は ハッと表情を強張らせた。 頬から手を離し 楓の小さく震える手を握る。 「死にたくないのに死んでしまった奴もいる。」 楓の妹もそうかもしれない。 元の母もそうかもしれない。 景の両親もきっとそうだ。 「残された俺たちはその人たちの想いを胸に 辛くても 前を向いて生きていかなければ いけないんです。」 不条理な世の中で その痛みや後悔を胸に それでも 人は生きていかねばならない。 それが出来ないのなら 死ぬしかないのだ。 楓はじっと俺を見つめていた。 だんだんとその瞳に涙が浮かぶ。 辛いだろう。 それでも人は立ち上がり 這い上がる生き物だ。 俺の言葉がじんわりと 楓に浸透していくのがわかる。 だんだんと頬に赤みが戻り 楓は涙をぽつんと一粒零すと コクンと頷き 腕を伸ばして俺に抱きついた。 「泣いてもいいんですよ。」 楓は泣くことも出来なくなっていた。 泣けばいい。 泣いて泣いて出し切ればいい。 少し 嗚咽が漏れた後 楓はぐっと息を飲み込み 顔を上げる。 その顔は何かをふっきったように見えた。 理解し納得した楓は強く そしてとても潔い。 楓はスーハーと深呼吸を繰り返すと 「おかかがいいです。」と言った。 俺はテーブルの握りを両手に持ち しばらく眺めたが 「・・どっちがおかかか。 わからなくなりました。」 「え。」 楓はぽかんと口を開けくすくすと笑いだす。 目尻に溜まった涙を拭く手を取り とりあえず一つ塊を乗せると 重さを確かめてから いただきます。と 小さい口でパクっとかぶりつき もぐもぐと口を動かしながら 「・・・中身にたどり着けません。」 と言って 久しぶりに見る 可愛い柔らかい笑顔を俺に寄越した。
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