1人が本棚に入れています
本棚に追加
ガブリエラの自室の扉を閉める。と同時に、腰の辺りに衝撃を感じた。それにビクともせず、シシクは犯人の頭を撫でる。
「どうした、ガブリエラ?」
その問いに答えることはなく、少女はただ彼の腰回りに腕を回し、顔を埋めていた。体格差のために背伸びを通り越してぶら下がるようなかたちになってしまっているが、その両腕はしっかりと彼を捕らえている。
何かあったのだろうか。
ふとした違和感を覚えたシシクが口を開く前に、ガブリエラが顔を上げてにっこり微笑んで見せる。
「なんでもなーい。吃驚した?」
「ん、ちょっとだけ。機嫌は直ったのか、お嬢様?」
「お父様がいなくなったからもう平気よ」
つくづく嫌われるクロフォードに、シシクは心の中で合掌する。難しい年頃の娘とはいえ、顔を合わせる度にこんな態度では堪えるというものだ。
「それより、これを見て」
ガブリエラはシシクから離れると、ベッドの下に潜り込み、何やら取り出した。服が擦れると嘆くシシクを他所に、彼女が広げたのはロンドンの地図だった。その一箇所にメモが二枚貼り付けられている。
「取り調べの時に聞いたの。前にもあの墓場で死体が見つかったって」
「俺も聞いた。確か、浮浪者だったとか。身元不明で処理されたらしい」
本当はその件についても冤罪を負わされそうになったのだが、黙っておく。口を滑らせれば、父親と同じくかなり取り乱しそうだ。
「そうだわ、シシク。前の新聞まだ捨ててないかしら?今日のも読ませて。被害者二人の顔や名前が分かると良いのだけれど……」
「三月前……確か、一八六〇年の四月一日から残してある。探偵ごっこでもするのか?」
「気になって仕方ないの。……何故かはわからないのだけど」
自分自身で不思議がるガブリエラ。彼女の興味は底のない壺のように尽きないのだ。その身が危険に晒されないようにするのが自分の責務であり、忠義だとシシクは腹を据える。
「それにしても、骸骨に攫われて殺されたのは身分違いの人間たちか……まるで、死の舞踏だな」
「死の舞踏?」
「相当昔に黒死病が流行ったのはお勉強しただろう、ガブリエラ?」
覗き込むように問うシシクの目が妙に優しい。既に少女の反応が手に取るようにわかるからだ。
「うう……、歴史は得意じゃないの」
「それじゃ、教材が必要だ。ついでに新聞も取りに行こう」
最初のコメントを投稿しよう!