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まんまると太った月明かりに大小様々な船が照らされる。
人気のない波止場では、波の囁き声が響いている。
時折遠くから聞こえてくる喧騒や小粋な音楽は、呑んだくれた海の男たちのものだ。
そんな静かな初夏の夜の中、ふたりの漁師が大きな荷物を背に額を寄せ合っていた。その手にはラム酒の入った瓶。彼らの足下には麻袋が敷かれ、そこに貨幣やトランプが散らばっている。どうやら賭け事に興じているらしいが、酔っ払っている所為か何処かぎこちない進行が続いている。
「ねぇ、ちょっと良いかしら?」
不意に鈴の音のような声が降ってきた。
顔を上げ、突然の来訪者を一瞥したふたりは顔を見合わせる。真っ先に映ったのは月光と溶け合うほどの淡い髪だった。それに加えて澄んだ瞳、端正な顔立ちと洗練された衣装。月を背に逆行となっていても、可愛らしく相応の身分を持つ少女であることが理解できた。
「なんだい嬢ちゃん、花でも売りに来たか?」
「花? 花なんて一輪も持っていないけど?」
小首を傾げる仕草からも品の良さを感じる。それに反し漁師たちは、酒臭く下卑な笑い声をあげた。
「わたしはただ、訊きたいことがあるの。この港に……」
「ああ良いよ、花売りの嬢ちゃん。ただ、答えるにゃそれなりの代償を支払って貰わないと」
「代償?」
目を細める少女。その細腕に、硬く毛むくじゃらの手が伸びる。それを不思議そうに見つめる彼女に、彼らは厭らしく口角を上げた。
だが、彼らは気づかなかった。いつの間にか視界が暗くなっていることを。
「ああ。ちぃとこっちにおいで、お嬢ちゃん」
「どうするつもりだ?」
漁師たちは思わず固まった。まるで獣の唸り声のような男の声が頭上から聞こえてきたからだ。
恐る恐る見上げれば、少女の後ろに何者かが仁王立ちしていた。その影は、月光から少女を護るかのように包み込んでいる。双眸だけがギラギラと輝いているのがはっきりと見えた。
「もう一度訊く。この娘を、そっちに連れて行って、どうするつもりだ?」
その声には波の如き静けさがあった。しかし、彼らには猛獣が吼えたように感じられた。暗がりで微かに見える顔つきは全くの無。にも関わらず、彼らには牙を見せて威嚇する獣のように思えたのだ。それも、そこらの野犬とは比べ物にならないほどの威厳と殺意に満ちている。
「なっ、何でもありません!」
「すみませんでした!!」
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