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震えあがった漁師たちは、呑みかけの瓶を手に逃げ出した。慌てて立ち上がったためコインやトランプが地面に散らばったが、そんなものはお構いなしだ。少女はそんな滑稽な様子を暫く眺めていたが、彼らの背中が見えなくなると背後の人物を睨みつけた。
「もう! シシクの所為で逃げちゃったじゃない! 折角証言が取れそうだったのに」
むぅっと頬を膨らませ、腕を組む少女。彼女の目線に合わせて影はしゃがみ、宥めるように豊かな髪を優しく撫でる。彼は一見少女の兄のように接していたが、月明かりに照らされたその風貌は東洋人のものだった。短い黒髪が海風にサラサラと流れる。
「あのなぁ……ガブリエラ。どうせあいつらロクな情報持ってやしないさ。ここに幽霊が出るっていうなら賭け事なんかするか?」
漁師たちの落し物を眺めながら、彼は続ける。
「そもそも、港の幽霊の噂はあいつらが流したかもな。誰も寄り付かないんじゃ好き勝手出来るし」
「それもそうね……」
頷くガブリエラの肩を彼は引き寄せる。それがさも当然と言うかのように、少女は彼に身体を預ける。
「あと、もうひとつ。あんな奴らに声かけられてもついて行くんじゃないぞ。むしろお前から声をかけるな」
「何で?」
「危険だからさ」
「どうして?」
「お前にはまだ早いさ」
純粋無垢な反応にシシクと呼ばれた男は苦笑いする。
「そりゃあお嬢様のお耳に入れるわけにはいかないからな?」
にやりと笑うその態度に、少女の頬が更に膨らむ。
「教えてくれないならわたしは自由にするわ。[[rb:わたしの獅子 > マイ・レオ]]なら助けてくれる、でしょう?」
「勿論。だが、そのペットみたいな呼び方止めろって言ってなかったか?」
シシクの訴えに、ガブリエラは聞く耳を持たない。
「ペットじゃないわ。これでも敬意を込めて呼んでるんだから」
「はいはい。かしこまりましたよ、お転婆姫」
お転婆姫の部分だけヒノモトの言葉で喋るシシクに、ガブリエラは首を捻る。
「オ、テ……今、何て」
その声は、耳を劈くような高音に掻き消された。女性の悲鳴だ。
「シシク、あっち!」
「ああ」
ガブリエラはシシクの手を握り、走り出す。
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