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道を曲がると、そこには一人の女性がへたり込んでいた。ガブリエラを降ろしたシシクは女性の肩を掴んで支える。彼女は色褪せ、見すぼらしいドレスを纏っている。その顔には化粧が塗りたくられていたが、隠し切れていない隈が幽霊を思わせる。
いち早く気づいたシシクが彼女の目を手で覆う。
闇の中に温もりを感じながら、ガブリエラは眉をひそめた。シシクの声がやけに冷静なのだ。
「後悔するって何なの、それは……」
「死体だ」
答えながらも、シシクは足元のそれを観察する。
土に塗れて露出しているのは頭から腰にかけてだが、そこからある程度身分のある者だろうと推察出来る。煌びやかな上着は少々流行遅れ。所々刺繍がほつれている。無精髭が生えているが、髪はきちんと手入れされていたようだ。
その虚ろな瞳と苦悶の表情からは負の感情がひしひしと伝わってくる。驚き、嘆き、痛み、悲しみ……どんな最期を迎えたのか。深く考えただけで思わず息が詰まりかける。
「娼婦が言ってたお客ってのはこいつだろう。彼女の証言が確かなら、骸骨がやったのか」
「骸骨……本当に骨の? お化けじゃなくて?」
突如、カタカタと奇妙な音が静かな夜に響いた。シシクはガブリエラを抱き寄せ、辺りを見回す。ひとつの墓標の上に白いものが見えた。
頭蓋骨だ。
そのがらんどうはこちらを認識しているのかのように思えて仕方がない。見つめ返せば、どこまでも広がる闇に引っ張られそうだ。
どうやら、シシクが気を取られている隙に主人が目隠しを外したらしい。ガブリエラの小さな悲鳴が届いた。だが、骸骨の笑い声はそれを掻き消さんとばかりに鳴り続ける。まるで、こちらを嘲笑うかのように。骸骨は語りかける。
memento-mori――死を忘れるな、と。
――こいつ。
頭に血が上りかけたが、ガブリエラを守ることが最優先だ。おそらく、あの骸骨もそれを理解しているのだろう。最後に大きくカタリと音を立てると、瞬時に消えてしまった。
「何だったの、今の……」
ガブリエラの呟きと同時に、雑音が近づいて来た。リズムが乱れている。複数の足音だ。
「あんたら、そこで何してる」
振り返れば、複数の光に照らされた。皆一様に武器と灯りを携え、シシクを睨みつけている。彼らは市民警察だった。
「東洋人が何をしている。その娘を離せ」
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