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ここはシティ・オブ・ロンドン。貴族たちのタウンハウスが建ち並んでいる地区は、穏やかな朝を迎えている。
その一軒の二階にある自室でガブリエラ・クロフォードは鬼のような形相をしていた。寝間着を着せられ、ベッドに入った状態のまま腕組みをしている。
「この前も言ったはずだよ、ガブリエラ。夜は出歩いちゃダメだって……しかも早朝まで。昼間だって危ないのに、夜なんて何がいるかわかったもんじゃあないんだから」
神に祈るかのように手を合わせ、ベッドの淵に突っ伏しているのは恰幅が良い男性だ。彼はエドワード・クロフォード。貿易商人として名を馳せ、先日準男爵を賜ったばかりだ。その交易範囲はアメリカからアジアまで。果ては極東の島国ヒノモトとの交渉も視野に入れているらしい。
彼のような成功者を人は密かにこう呼んでいる。新興ブルジョワ、と。
だが、今の彼にそのような気迫は一切ない。ベッドの上でしかめっ面をする娘に言い聞かせるだけの、気弱なパパでしかなかった。
「ああそうだ。見てしまったのだろう…あの忌まわしき事件の被害者を。パパ、取り調べが終わるまで心臓が保たないかと思ったよ……」
「見てないわ。シシクが目隠ししてくれたもの。それに、取り調べと言っても二、三質問されただけよ」
この娘は折り紙つきのじゃじゃ馬だ。気が強くて減らず口を叩く。部屋の隅に待機しているシシクには、数分後の結果が目に見えていた。
「わたし、夜遊びしてるわけじゃないのよ。港に幽霊が出るっていうから正体を確かめようとしていたの。そしたら骸骨が現れて、人が亡くなっていた。それだけよ」
ロンドンの街で起こりうる怪奇・心霊現象を調べるのが、ガブリエラの趣味だった。御令嬢にしては珍しく、街中を駆け回ることの好きな彼女は暇を見つけてはシシクを引き連れて屋敷を飛び出しているのだ。
父親も――本当はおとなしくして貰いたいようだが――頼れる従者がついているのだからと外出を許している。ただし、それが趣味の範疇を超えなければ、の話だが。
「それを世間では夜遊びと言うのだよ、ガブリエラ。シシクがいるとはいえ、もしひとりでフラフラと何処かへ行ってしまって万が一の事があったら……」
「まぁ、パパったらわたしのこと幾つだと思っているの? もう十二になるのよ? ひとりで出歩いても平気だわ!」
「本気でそう思ってるのか~」
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