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クロフォードはシシクに気遣いヒノモト式の礼節を取り入れてくれるが、それがかえって仇となってしまう。
「ああだが、良かったよ。君が無事ガブリエラと一緒に解放されて……。君には悪いが、第一発見者が東洋人だと真っ先に疑われるだろう。警察からは何もされていないだろうね?」
「はい、おかげさまで。旦那様がお迎えに来てくださらなかったら恐らく今頃酷く問い詰められているでしょう」
多少の尋問は受けたが、報告したらクロフォードの方が心労になるに違いないと、シシクは口を噤む。並べ立てられた罵倒をすべて受け流してしまったためにあまり覚えていないというのもあった。加えて、尋問で済んだなら良い方だと、見聞きしている拷問の数々を思い起こす。それほどまでに他所者への扱いには慣れてしまっていた。
「……ナタリアが生きていてくれれば、あの娘のことをもっとわかってやれたかもしれないな」
「旦那様……」
ナタリアはガブリエラの母親だ。四年前、流行り病により亡くなってしまった彼女をガブリエラは慕っていた。シシクもまた、良く気に掛けて貰っていた。
「ご心配要りませんよ。十分な代わりとなるかはわかりませんが、俺や他の者がついてますから」
「ありがとう、シシク。君が娘の傍に居てくれることは、亡き妻の、そして私の願いだ」
また祈りを捧げるかのように、クロフォードはシシクの手を握り締めた。困惑するのにも疲れてきたところで、誰かの気配を感じた。助かった、とホッとする。
「旦那様、そろそろお時間です」
静々とやって来たのはマリアだった。彼女はこの屋敷のメイドたちを執り仕切るハウスキーパーだ。元々はナースメイドとしてガブリエラの世話役を務めていた。ガブリエラの従者にして兄代わりとしての関係を築いているのは、彼女とナタリアのおかげだった。
「あらシシクさん、ごきげんよう。お嬢様はお元気?」
「やぁ、マリア。元気すぎるくらいですよ」
彼の返答に、マリアはあらあらと微笑む。その柔和な雰囲気は彼女独特のものだ。
「待たせてしまってすまないね、マリア。それではシシク、娘を頼んだよ。私は来客の準備をしなくてはならないから」
「かしこまりました、旦那様」
その場から一歩も動かずに、シシクはふたりを見送る。クロフォードの広くも悲しみに包まれた背中が見えなくなったところで、シシクは扉に手の甲を向けた。
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