柊護

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***  仕事場というのには名ばかりでただ精神が落ち着く場所ならどこでもいい。  けれど汚れと穢れが漏れ出さないように小さな部屋は必要だった。清めるのも修繕するのも楽だからだ。  母親の名を記された木片の人形(ひとかた)を水盆に浸す。じわりと滲み出た赤い波紋は呪いを移しとれた証拠である。  使いに出した者は優秀だ。  用意していたモミジ型に切り取った和紙が散る。  水面に浮かぶモミジは水を吸い、はじめは白かった葉が薄く色づく。ゆっくりと薄紅色に、それから深紅、それからまた濃くなり血のような色になった。どす黒くなるころには水盆の水はどろりと重い。 「因縁……執着……、断ち切るにはしばらく時間がかかるわね」  それは母の呪いを朱葉を通し解呪するということ。  並大抵の術師では到底払拭することは難しいことだろう。  いとも簡単にやってのけられるのは綾瀬の血を継ぎ、呪いを専売特許としている朱葉だからである。  呪いになれている朱葉にとって人の憎悪、怨恨、 厭悪――負となる感情に触れることは心地よかった。  ただあまりにも浸かりすぎていると人としての心情が戻ってこれなくなってしまう。その戒めとして、『清浄の者』をそばにおくようになった。  吾妻柊護はうってつけだった。  魂は清く精神は強かで育ちが良く素直だ。なによりもずっと欲しかった逸材なのだ。  家族のために我が身を投げ出し自分に仕えてくれる。  疑わず献身的に世話をし、一進一退する母親の症状を一喜一憂する様を眺めるのは心が高揚した。  朱葉が胸に秘めている秘密を知ったらどう思うのだろう。  安堵して笑う柊護の顔が脳裏に浮かぶ。 「だって、呪ったの本当は私だもの」    その時彼はどんな顔をするのだろう。
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