つばさ

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   学校から帰り、帰宅のあいさつをする。  いつものように母はすでに夕飯の支度をしていた。  鍋からはコトコトと煮える音。  部屋中に広がる温かな湯気が今夜のご馳走を想像させる。  今日は母の得意なシチューだと、腹と胸が躍った。  洗面所に向かい手を洗う。眼の前の鏡に不意に映る自分の姿が最近嫌になる。  額にモミジのような朱い痣がなかなか消えない。家族にみせても何もないといわれる始末に、つばさは焦りを覚えた。  うすうすとつばさはこの家の子ではないのではと感じ始めていた。  父と兄はあんなにもキラキラと輝いていて、母は陽だまりのように温かい。  それなのに自分は何も持ってはいなかった。  無色透明なのにどこか濁っている。  家族の光の中でしか自分の輪郭を浮かび上がらせることができない。  
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