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長い迷いの末、つばさは手洗いを出た。
「つばさちゃん、もうすぐお兄ちゃんとお父さんが帰ってくるから、そしたらお夕飯一緒に食べましょうね」
コトコトとシチューの匂いがする。
母は付け合わせの野菜を切っているのだろう。
「あのね、お母さん……」
「なあに?」
振り向く母の笑顔はいつも温かい。
言ってはダメなのに。
自分だけの秘密にしておけばいいのに、そうすればこの平穏は保たれるのに。
それでも、自分だけで抱えている不安がついと零れ落ちてしまった。
「あの、ね、わたし――」
思い出したよ
その時母がどんな顔をしたのか。
それからのことはあまり覚えていない。
ちょうど帰ってきた兄が倒れた母を介抱し、父が救急車に連絡している。
コトコトとシチューの煮える音が耳からはなれなかった。
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