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「お父さんあのね、さっき黒くて大きな犬がいたの。それで、――綾瀬の家に来いっていわれた」
窓を閉める父の手が止まった。
「そう、か」
少しだけ寂しそうな父の表情をみてつばさは、母に向ける感情とは別に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
病院に向かうと面会時間も残り僅かなのか面会客は少なかった。
静かな院内は照明が落とされ薄暗い。
光の当たらない角の部分から黒い影が這い出てくるのは視ないことにした。
個室部屋では母がベッドに身を起こしていた。
久しぶりに会う母に喜びとともに不安が募る。
「つばさちゃん」
やましくて父の後ろに隠れていると、母はいつものように優しく声をかけてくれた。
「お母さん、ちょっと疲れちゃったみたいで。いきなり倒れちゃってびっくりしちゃったわよね。ごめんなさいね」
母のせいではないのに、つばさは胸を締め付けられる思いでいっぱいになる。
「ううん。つばさが悪いの。ごめんなさい」
謝っても謝り切れないのだが。
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