第一音 鈴の音

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第一音 鈴の音

嫌だ…イヤだ…いやだ。耳鳴りがする、頭が痛い。胃も痛い…寒い… ―気が付くと、僕はそこに立っていた。柵もなくただ、すこし出っ張りがあるぐらいの無防備な屋上。 「ああ、こんな世界なんて…」  ―僕、河野 夏目は、小・中学校といじめを受け続けてきた。最初はただの走りぐらいで済んだ。しかし、こういうものは過激になっていくものなのだ。中学に入れば、私物が突然無くなったり、閉じ込められたり、弁当には虫やら何やらを入れられたり…。ただ、学校だけならばよかったのだ。一つの選択肢として家にいるという考えを持てる。  だが僕は違った。父親は僕が小学三年生ぐらいのときにどこかへ行ってしまった。その後は母親と二人で暮らしていた。本当は妹がいたはずだ…しかしいつの日か姿を見なくなってしまった。ただ、変には思わなかった。母親は子供をまるで奴隷のように扱い、八つ当たりでは殴り蹴りと、まだ幼い妹がそんなことに耐えられるのだろうか…。僕が守る?そんなことしなかった。いや、できるはずなかった。僕はずっと外の小さな倉庫に閉じ込められていたのだから。―    ああ、こんな話はもうやめにしよう。もう何も、考えなくて良いのだ。今から僕は、「死ぬ」のだから。遺書なんて書く相手もいない、いるわけない。ただここは、自殺という証拠を残そう。靴を並べて置き、そのすぐ横に『もし、生まれ変わったら猫にでもなりたい』そう書いたメモを添える。猫はいい、いつも自由でのんびりしている。誰にも殴られず虐められず。まあ、虐められないなんて人間にもいるのだろうが僕は猫にでもならない限りそんなことはないかな。なんて苦笑いをする。 「これで…やっと」 屋上の隅に立ち、ふっと体の力を抜き体を後ろに倒す。さすがに死ぬのは怖いみたいだ。目をつぶってしまった。 「―チリリーン。」 いま、一瞬だけ鈴の音が…。 ―おかしい。僕は死んだはずだった。屋上で頭から飛び降りたんだ。死なないはずがない。でも、感覚があった。意識もあった。天国、いや地獄?どうでもいい。あの世とはこういうものなのだろうか? 今だけ…勇気を振り絞り目を開く。 まぶしい光が身に刺さるように入り込んできた。 「うっ…。」 …僕はただ驚くことしかできなかった。僕の目に飛び込んできたのは…窓ガラスに映った僕であろう姿だった。それは、茶色と白のきれいな毛の目が黄色く光っている猫だった
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