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佐藤さんはたぶん私の様子がおかしいことに気がついていただろうけれど、この間のように春立さんのことを持ち出すことはなかった。
それでも、春立さんと輪島さんの後ろ姿が忘れられないでいた。
一時間半ほど後、佐藤さんと駅で別れ電車に乗った。
電車の暗がりの窓に映る自分の顔はひどく疲れていて、つい輪島さんの顔を思い浮かべ、比べ落ち込む。
ーーこんな顔では春立さんを振り向かせられない。
口角を上げて、目を細めてみる。
なんとなく前向きな私になるけれど、心は同じ。
簡単に心の矢印も上へ向くといいのに……。
「明日ね、彼の家に突撃してみようと思うんだ」
「おっ、ようやく?」
「うん。やっぱりちゃんと気持ちを確めたくて」
女性二人の小さなおしゃべりが聞こえてきたのは、電車があとふた駅で春立さんのマンションの最寄り駅に到着するという時だった。
「それがいいよ。真剣かどうか確かめた方がいい」
「そうだよね」
「うん。向こうが身体目当てとかだったら最悪だよ?」
「うん」
女性のより声を落として言った“身体目当て”という言葉はすぐ隣に立つ私の耳には大きく届いてきた。
動揺する。
だって、まさに今の私と春立さんのような関係で悩んでいるのだ。
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