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頭の中に浮かぶのは一人しかいない。
春立さんは玄関で話をしているので、あまりここまで声が届かない。
時々聞こえる笑い声に親しい人からだとわかるくらい。
近くに行きたいくらいの気持ちだが、我慢。
「お待たせ」
彼が戻ってくるまで三分ほどだったけれど、私にはその倍の倍くらいに感じた。
“誰ですかーー?”
気になっているけれど、聞けない。
「いえ」
背をピンと正して、彼が同じ場所に座るのを待った。
腰を下ろした時には安心した。
“出掛けることになった”
なんて、少し最悪な展開を想像していたから。
春立さんは一息吐くように、コーヒーを飲んだ。
つられて私も。
甘ったるい好みの味。
けれど、緊張でもたれそう。
「奈々ちゃん」
彼がカップを置いて、私を見つめた。
「……はい」
「奈々ちゃんと初めて二人きりになったマーケ部の飲み会の日のことは覚えてるよね?」
「もちろんです」
春立さんとの始まりの日。
忘れるわけがない。
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