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「ごめんなさい、本当に……」
「もう、いいよ」
佐藤さんは背を向けたまま、スマホを差し出す。
すっかり着信音は鳴り止んでいる。
「ありがとうございます……」
受け取った時に、佐藤さんの指と指が触れた。
とても熱くて、苦しくなる。
いつか、彼の手を取ればよかったとふと思う日が来るかもしれない。
けれど、私は自分の心に正直でいたい。
「かけ直してもいいぞ」
そこまで私はひどくなれない。
せめて、この家から出てからーー。
「いえ、後でにします」
「……そうか」
ーーしーん。
少しの間沈黙が流れる。
なんとなく“帰る”の一言が言えない。
「駅まで送るぞ」
佐藤さんがようやく振り向く。
彼の瞳は赤く染まっていたけれど、顔つきは穏やかだ。
胸が切なく揺れるけれど、私もぎこちなく笑顔を作った。
「……え、いえ。大丈夫です」
「タクシーで来たから道わかんないだろ?駅まで少し離れてるぞ」
スマホのナビを活用すればいいと思い「大丈夫ですよ」と拒んだが「このところ、近辺で痴漢が出てるらしいんだ。何かあったら大変だから」と彼は言った。
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