赤く燃える。

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赤く燃える。

 別れを告げるのは、いつだって勇気とエネルギーが必要だ。  相手との関係が崩れるのもそう。  環境に急激な変化が起きるのもそう。  意識的に、あるいは無意識的にかかる自身への負荷もそう。  向き合う相手が大切であればあるほど、それは大きくなる。  音を立てないように、そっと蓋をしておくのは簡単で、もしかしたらそれは、とても楽な道かもしれなくて。  それでも今日。僕はこの見慣れた職場に、一大決心してやってきた。 「今日で最後になります。大変、お世話になりました」  所長は渋い顔をしていた。  蓄えた真っ白なあごひげを寂しそうに撫でつけ、目を細める。やはり辞めてしまうか、という顔だ。  対照的に、三年間を共に過ごした仲間たちは、驚いた様子でこちらを見ていた。  皆には黙っていたし、所長にも、出来れば言わないでおいてほしいと頼んであった。どうやら、約束を守ってくれたらしい。  勤務時間が終わりに近づき、弛緩しつつあった室内がぴんと張り詰め、エアコンが小さく溜め息を吐く。
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