グッドナイト・チョンゴン

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グッドナイト・チョンゴン

私は汚れてしまった。 世界の中の罪深いアニタは、もう少女じゃ無い。 素敵なドレスに身を包んで、高級料理を食べたかった。 綺麗な目をした男性と出会って、恋に落ちたかった。 野蛮な人間が支配するこの世界は、地獄なんだろーな。 明日に希望が持てないよ、早く故郷のチョモル村に帰りたい。 アン母さんやアリサおばさんの顔が懐かしい。 コボルトおじいさんはどうしてるかな。 別れの挨拶もできなかった。 私はまだ生きているよ。 屍人の群れをすり抜けながら。 人殺しなんて嫌だよ、例え強制されても。 私が殺した敵兵にだって故郷があって家族がいて、愛する奥さんや恋人がいて。 生きて帰還してくれるのを待っていたんだろーな。 憎しみって何だろー。 自分の中に渦巻く憎しみの感情に負けるって何だろー。 憎しみを正当化するから戦争が終わらなくて。 憎しみを正当化するから人は分かり合えないじゃん。 わたし、アニタは憎くもない相手を殺してるよ。 私の親友のマイ・マイトク。 徴兵された直後に戦死した私の友達。 まだ男を知らないで死んでいったあなたの短い命は、 何を発見できたの。 穢れなき魂を葬るのが国家なら。 生き残る私はいつまでも利用される。 何かを伝えたい。 惑星の涙の記憶を。 なんて格好つけてる私は、詩人になったつもりかな。 「ユウリィ二等兵!」 「きゃー!!」 いきなり誰かに押し倒された。 ズッドーーン!! ビリビリビリ! 敵襲! ペパーミント連邦と私達カンガルー同盟は永い年月の間憎み合っている。 いや、国家間の争いだから、政府機関の問題か。 いきなり目の前で新兵のアライメント二等兵がわめきだした。 「もう嫌だー!」 「こんなしょうもない戦争を誰が始めたんだよ!」 慌てて隣にいた上等兵が殴り倒した。 「士気で負けたら死ぬだけだ」 「・・・」 「うっぷ」 昨日の夜に無理矢理飲まされた酒がまだ胃に残ってる。 「どうしたのアニタちゃん?」 「おめでた?」 見ていた高橋曹長が茶化す。 「もう!」 「ユウリィ二等兵は未成年ですよ!」 「無理矢理飲ませたのは誰ですか?」 それを見ていた補充兵のピパー上等兵が釘を刺す。 ピパーさん、胸が大きくていいなあ。 ブラとか特注品なのかな。 前に支給品のルージュわけてくれたな。 「あれ?敵襲は?」 「なんだったんだいまの?」 100メルチ前方の前線で戦闘があったらしい。 すぐに敵側が投降してきたみたい。 万式戦車大隊が投入されたからかな。 もう敵のペパーミント領に入った。 自軍の兵士が現地の民家に火を放っている。 ペパーミント民間人の女性がカンガルー兵にレイプされている。 女はいつも惨めだな。 アニタは乙女のままで居られるだろうか。 戦争に正義なんて存在はしない。 アン母さん、あなたもこんな風景を見たの? ここはトンナム国チョンゴンシティの中心街、マール広場。 カンガルー軍はここにも駐留するが、まだ戦争の影響はない。 アニタの母の民間人アン・ユウリィ40歳は、公園中央噴水の前。 大勢の報道記者と報道中継カメラの前に立っている。 傍らには大勢の賛同者。 今まさに、 インフルエンサー平和主義者、アンの唄(演説)が始まる。 中継はネット生中継で世界とリンクしている。 視聴者は世界、惑星チーズの住人。 「みんな聴いて」 「この惑星の征くべき道は誰にも掲示はされないよ」 「この空と大地がわたしたちに教えてくれる」 「人間以外の生き物たちが教えてくれる」 「喰う意外に殺す目的は何?」 「わたし、アンは前回の大陸戦争で民兵となって頼まれもしないのに人を殺したわ」 「私が犯した過ちは一生をかけても償えない」 「でも知る事は出来るよ」 「前回の戦時中に生きてゆく為に身体を売ったわ」 「女子供はいつも男たちの為に生きる」 「男の働きバチコンプレックスは」 「お互いの存在を否定する」 「生存競争がこの自然の掟(おきて)なら」 「私はその掟に歯向かう」 「文明は破壊と創造を繰り返す」 「そのループにノーと言おう」 「有限の時間の中で出来る事がある」 「人間の僅かな一生ではあまり多くの愛は学べないわ」 「わたしはこの第二次大陸戦争に定義する」 「人殺しは生きてゆく為ではないと」 「生命は輝きたがっているわ」 「許す、とゆう高難度の感情を学ぼう」 「世界中のみんな」 「わたしと運命を共にして!」 観客が絶叫している。 割れんばかりの歓声が聞こえる。 最前線のアニタは隣の兵士が携帯端末でネット中継を見ているのをのぞき見している。 「平和の母、アン・ユウリィの唄だぜ」 「予告通りに終戦記念日に」 「・・・母さん」 いま私はその人殺しの真っ最中だよ。 反戦を唱えるなら、今すぐ私を迎えに来てよ。 この狂った世界から私を連れだして。 もうあの頃のアニタじゃないんだよ。 母さんもこんな思いをしたの? 血で赤く染まった手で母さんを抱きしめたい、泣き崩れたい。 「どうしたユウリィ二等兵」 さっきからグレン軍曹が心配している。 「なんでもありません」 「目がかゆいだけです」 140トンク後、進軍したペパーミントの村落で、 現地ゲリラと戦うアニタの部隊は、敵ペパーミント軍の集中野砲により孤立してしまった。 消耗戦に陥り崩壊をまのがれた古アパートで銃撃戦を繰り返している。 チーン! 「マガジンをくれ!」 同じ分隊の五味一等兵が叫ぶ。 「自分のはもうありません!」 アニタの目は泣きはらして充血している。 血まみれのゲリラの死体を踏みつけながら。 カチ! 弾切れ! アニタは絶望しながら、スタングレネードが至近距離で炸裂する音を聞く。 パン・・・ 「・・・」 視界が真っ暗になった。 ゆっくりと意識が遠のいてゆく。 消えてゆく意識の中で、アン母さんの笑顔が見える。
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