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眠っている間に作りかけの靴ができあがっていたり。
キスで目覚めると素敵な王子様との幸せな将来が待っていたり。
そこまでの幸せは望まないけれど、多くの人は眠りの状態とその質について敏感である。
人々が最近こぞって話題にしたのが、睡眠学の権威とも呼ばれる教授の記者会見だ。
ひとつ断っておくが、「眠りながら勉強をする」方のことではない。「死にも例えられる眠りについて学ぶ」、いたって真面目な学問分野である。
席に着いた教授の第一声は、こうだった。
「睡眠障がいなんて言葉は、ついに死語になる」
誰もが快眠を手にする世の中になる。それに向けての大きな、大きな第一歩となる治験を行う。
まずは対象者に、カプセルの中で3年間の眠りについてもらう。これまでの不足分を取り戻すための睡眠であり、この間に身体と精神の状態を細かくデータ化してカプセルに保存する。
きっちり3年後にカプセルは開き、対象者は目覚める。
そこからリハビリを重ね、徐々に社会復帰させていく。
その間は決まった睡眠時間をカプセル内でとり、睡眠と目覚めのサイクルを体に記憶させる―――。
フラッシュを浴びながら治験開始を宣言した教授は、たしかに成功者だった。
しかし数日後、人権団体が声を上げる。
例のない実験で、対象者の3年、もしくは一生を犠牲にしていいものか。動物にするような実験を、人間で行っていいはずがない、と。
外野でなされる議論、制止する大学を振り切って、教授はカプセルのスイッチを入れた。ひとりの男性をその中に入れて。
日に日に静かになってゆく周囲を気にすることなく、教授は毎日、カプセルと男性の体調を念入りに記録していた。
今日がその、治験開始から3年目に当たるのだが、この場に教授の姿はない。
半年前に治験の片手間で作っていた睡眠薬の研究で、大きな成果が上がったのだ。
治験の強行突破の件もあって学校内で立場のなかった教授は、製薬会社からの誘いに喜んで応じた。優秀な助手を何人も連れて、研究所を移したのだ。
「君もどうだい?」
大半の助手が、教授についていく決断をした。
経験の浅い私にまで声がかかったのは、そもそも話題にもならない分野にいたがる人間がいなかったのと、この教授を見限った人間が多くいたからだ。
「ありがとうございます。けど、『彼』のことはどうするんですか?」
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