303人が本棚に入れています
本棚に追加
【2】
手のひらに、渦巻き模様を三回描いて、飲み込んだ。本来、緊張をほぐすおまじないは、人という字を三回描くというが、渦巻き模様を描くのは彼女の幼い頃からの癖だった。
海藤優子はナーバスになっていた。
殺人事件の捜査本部に参加するのが初めてだったからだ。講堂内の左側に座っている男達は、警視庁捜査一課の刑事だ。精悍な顔つきが並んでいる。
生活安全課の私が特捜本部に参加することになるとは――海藤は音を立てないようにため息をついた。
なぜ、この事件の捜査員に加えられたのか――それは、海藤が少年係に属していて、被害者の高校にも定期的に、青少年防犯キャンペーンなどで足を運んでいたからだ。
女子校ということもあり、女性捜査員の応援を署長から依頼された。
「では、事件の概要を説明していく」
向島署の係長が進行役となり、会議は進んでいった。
海藤は机の捜査資料に目を落とした。
殺人現場の写真に目をそらしそうになった。びしょ濡れの女子高生が、魂を抜かれたような顔で横たわっている。
被害者は、堂本しずる、十七歳。
墨田区、立花第一女子高等学校の二学年。
死亡推定時刻は、昨夜午後11時~翌深夜0時30分。死因は両手での絞殺。平井橋真下の、旧中川の麓で、巡回中の警官が発見した。すでに息がなかったこと、首に絞殺の痕があったことで、すぐに殺人事件として処理された。
堂本しずるは、母、堂本和恵と二人暮らしで、父親の存在は明らかになっていない。このあと、鑑取り班が詳しく調べるということだ。
現在母親は、堂本しずるの遺体が眠る病院にいるらしい。
たった一人の娘を亡くしたのか……
海藤は涙を流しそうになった。それを必死にこらえた。何もできないと分かっていても、今すぐ和恵のもとへ行ってやりたいと思った。
最初のコメントを投稿しよう!