【2】

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【2】 手のひらに、渦巻き模様を三回描いて、飲み込んだ。本来、緊張をほぐすおまじないは、人という字を三回描くというが、渦巻き模様を描くのは彼女の幼い頃からの癖だった。 海藤優子(かいどうゆうこ)はナーバスになっていた。 殺人事件の捜査本部に参加するのが初めてだったからだ。講堂内の左側に座っている男達は、警視庁捜査一課の刑事だ。精悍(せいかん)な顔つきが並んでいる。 生活安全課の私が特捜本部に参加することになるとは――海藤は音を立てないようにため息をついた。 なぜ、この事件の捜査員に加えられたのか――それは、海藤が少年係に属していて、被害者の高校にも定期的に、青少年防犯キャンペーンなどで足を運んでいたからだ。 女子校ということもあり、女性捜査員の応援を署長から依頼された。 「では、事件の概要を説明していく」 向島署の係長が進行役となり、会議は進んでいった。 海藤は机の捜査資料に目を落とした。 殺人現場の写真に目をそらしそうになった。びしょ濡れの女子高生が、魂を抜かれたような顔で横たわっている。 被害者は、堂本しずる、十七歳。 墨田区、立花第一(たちばなだいいち)女子高等学校の二学年。 死亡推定時刻は、昨夜午後11時~翌深夜0時30分。死因は両手での絞殺。平井橋真下の、旧中川の麓で、巡回中の警官が発見した。すでに息がなかったこと、首に絞殺の痕があったことで、すぐに殺人事件として処理された。 堂本しずるは、母、堂本和恵(どうもとかずえ)と二人暮らしで、父親の存在は明らかになっていない。このあと、鑑取り班が詳しく調べるということだ。 現在母親は、堂本しずるの遺体が眠る病院にいるらしい。 たった一人の娘を亡くしたのか…… 海藤は涙を流しそうになった。それを必死にこらえた。何もできないと分かっていても、今すぐ和恵のもとへ行ってやりたいと思った。
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