303人が本棚に入れています
本棚に追加
「あっ、じゃあ私はここまで。今の話はコレですよ」くるみは唇に人差し指をまっすぐあてた。
では、と軽快に階段を降りていって、スカートを揺らしながら廊下を走っていった。
天沢は階段下の眼鏡姿の女子生徒に顔を向けた。
「こんにちは。兼倉透子さん。だよね?」にこりと微笑みを送る。
「はい」か細い声で、兼倉は答えた。
噂をすれば影がさすとあるが、偶然がくれる不思議な巡り合わせはなかなか面白い。
兼倉透子は階段を音も立てずに登ってきた。華奢な体だな、と天沢は感じた。
「刑事さん……あのう」
兼倉は何かを胸に抱えながら、上目遣いで天沢と海藤を見やった。
「どうしたの?」優しい声で答えたのは海藤だ。何も心配ない。何でもいってごらん。という思いがその一言にはあった。
「これっ」
兼倉は胸に抱えていた大学ノートを海藤に手渡した。
「これは?」海藤は落ち着いた声で訊ねる。
「更衣室の、堂本さんのロッカーの奥から見つかりました……」
兼倉は唇を震わせていた。今にも泣き出すんじゃないかという表情だった。
海藤はノートをパラパラとめくった。天沢も隣から覗き込んだ。その中身に、二人は息をつまらせた。
「中原にずっと乱暴されてたんだ?」
海藤は兼倉の眼鏡の奥に問いかける。
ノートの中身は、堂本しずるが中原から受けていた性的暴行の記録と、自殺さえ考えていた心の苦しみだった。性交渉を拒めば、暴力をふるわれることもあったらしい。
「はい……。まさか、そんなことまで」
兼倉の眼鏡の奥から涙が溢れていた。海藤は、その痛みと共感するように顔をしかめていた。
「刑事さん! お願いします! しずるを殺した犯人を捕まえてください!お願いします!」
小さな体とは思えない雄叫びのような声だった。
訴える凄まじさは牙を剥き出しにした野生動物だった。
天沢は胸が熱くなるのを感じた。
「もちろん。捕まえますよ。捜査協力ありがとう」ノートを掲げて、天沢は深く頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!