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部屋の前に来ると、海藤はインターホンを押した。この時間帯、つまり午後なら在宅しているだろうと踏んでいた。というのも、堂本和恵は新小岩のスナックで働いている。夜の仕事をする彼女なら、今は自宅にいるはずだ。
ドアが開く音がした。ゆっくり開いていく。中からはチェーンがかけられていた。
「こんにちは。向島署、生活安全課の海藤といいます。お休み中に申し訳ありません」
海藤はやわらかい口調で、丁寧に告げた。
「何のようでしょうか」
うっすら見える顔には疲労感が漂っていた。一人娘を失ったのだ。すぐに立ち直れるはずもない。きっとマスコミからの心ない取材にも追われてきただろう。
世間はこの事件に大きな注目をしていた。報道番組では連日、この事件を取り扱っていたし、ネットでは様々な憶測が飛び交っていた。
中原、藍田、鈴木、西脇には、全国からの誹謗中傷が飛んでいることも海藤は知っていた。ツイッターでは、彼らの住所などをさらす悪魔もいた。
弱いものイジメは、学校のトイレで殴ったりするだけのことではない。正義の仮面をつけて、言葉のナイフで切りつけるすべてのことが、ある種のイジメだ。
「ほんの少しでけっこうです。お話しを聞かせていただけないでしょうか」
堂本和恵は小さくため息をついた。
「昨日も、別の警察の方が来られましたが……。娘にかけられた保険金のことで、私のことも疑っているのでしょう?」
「いえ、決してそういうことではなく」
「話すことはありません。もうすでに、話してきたじゃないですか。お帰りください」
疲れきった表情にわずかな怒りが芽生えたように見えた。
では……、和恵が玄関のドアを閉めようとした時だった。
「和恵さん」天沢が呼びかけた。
「なんでしょう」
和恵は苛立ちを込めた声で、天沢に目線を移した。
「これ、一緒に食べませんか? 事件の話は一切なし。約束します。食べたら帰ります。私、小腹が減っているものでして」
天沢は高級な黒の包装紙の包みをかかげている。何だろうか。
「銀座……くま……ろく……っええ!!」
和恵の顔が広がった。なにやら口ごもっている。
「どうやってそれを手に?」
「たまたまです。詳しくは中でどうでしょうか」
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