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念押しするリリーアリスに頷き、ドロシアは薄青のドレスを翻して踵を返す。裾を乱さず優雅に歩く姿が、彼女の高貴な出自を物語っていた。
優しかった風が、突然強くなる。足元の砂を巻き上げるような強風に髪を押さえ、リリーアリスは目を伏せた。嫌な予感がする…。
「何もなければいいのですが……」
『神の娘』として崇められてきた象徴たる少女は、憂鬱そうな声で予感を打ち消した。
新月が過ぎた暗い夜、再び密談の場が持たれた。前回と違い、ひどく焦った空気が場を支配している。
「失敗したぞ」
どうするのだと問い詰める老齢の男性の声に、だが応えはなかった。残る1人は静かに目を伏せ、何も口にしない。その無言が気に入らない男性が再び声を発しようとした瞬間、顔を上げた青年が声もなく笑った。
見開いた男の目に映ったのは、自らの罪深さを断罪するような剣の光――目を射る眩しさは、細い月が反射した所為だろうか。悲鳴を上げる間もなく、心臓を貫いた剣は引き抜かれた。
吹き出す血を浴びることなく、青年は笑みを深める。
「愚かな……」
なんと愚鈍で、救い難い存在なのか。
死人を嘲る青年は剣の地を拭い、何もなかったようにその場を後にした。残されたのは、愚かな男の死体と空気を濁す陰謀の臭いだけ…。
早朝齎された情報に、舌打ちしたウィリアムが机を叩いた。
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