117人が本棚に入れています
本棚に追加
ばっと顔を上げれば、黒いドレスを纏った美女が優雅に礼をする。背中を覆う長い金髪がさらりと肩を滑り、艶やかな微笑みで他者を魅了する彼女が室内へ足を進めた。
「お久しぶり、ウィリアム」
本来なら執政たるウィリアムを呼び捨てに出来るのは、国王であり主であるエリヤのみ。しかしウィリアムは咎める様子なく、頬を笑み崩した。
ただしエリヤへ向ける笑みと違い、作り物めいた印象を与える表情で。
勝手に入ってきた彼女の無礼を咎めないウィリアムは、しかし仕返しのように立ち上がらない。レディに挨拶の為の手を差し伸べず、椅子に座ったまま背凭れに寄りかかった。
サインしていた書類から目を上げ、ペンを机の上に放り出す。
「ドロシアか、よく来たな。ノックをしないあたりがおまえらしいよ」
以前から何度も注意しているのだが、彼女はまったく頓着しない。相手がリリーアリスならば敬意を表して傅き、ノックもするのだろうが……他の誰にも従わない姿勢は一貫していて、いっそ清清しいほどだった。
「戦争が始まるのね」
嬉しそうに語るドロシアのスミレ色の瞳が輝く。昔から戦いを賛美する発言の多い彼女は、どうやらウィリアムの思考を一部読み取ったらしい。
「まだだ」
「でも避けられないと考えているのでしょう?」
「……何とかする」
「あら、暗殺で?」
最初のコメントを投稿しよう!