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「そう、いいね」
声が震えているのではと、彩子はドキドキした。
『はは……でも、結婚する気はないからね、私は』
「え?」
『仕事が死ぬほど忙しいし、まったく余裕ないよ。大体私ってさ、家庭向きじゃないだろ? だからしないのよ、結婚は』
「そ、そうなんだ」
それも雪村らしいと思う。
しかし、実は寂しがり屋のこの子が本気で言っているのだろうかと、彩子はちょっと首を傾げた。
その後、互いの近況を報告し合い、30分ほどで通話を切った。
彩子はスマートフォンを握りしめ、しばし考え込む。
誰とも結婚せず、ひとりで生きる。そんな生き方もあるのだと気付かされた電話だった。
人生は様々な方向に枝分かれして、私を待ち構えている。
いろんな選択肢があるのだ。
ベッドに寝そべり天井を見つめていると、階段から母のカン高い声が聞こえてきた。
「電話終わったんでしょ。さっさと風呂に入りなさいよ~」
そうでした。たとえ選択肢があったとしても、あの方が独身なんて許しはしないでしょう。彩子は力なく笑みを浮かべる。
(親離れが先だよね)
頑強な寝癖の付いた頭をそっと撫でた。
長い間の癖を直すのは、なかなか難しいことなのだ――
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