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夕飯はレトルトカレーだった。
宣言通り台所に立った霧島は、米を炊き、湯を沸かし、レトルトカレーを探し当てた。皿に盛って、終わり。
食欲なんてなかったが、食べ物を無駄にしたくない。霧島の顔を見ないよう下を向いて、スプーンを動かす。
「またループしたら、このカレーも元通りですね」
手元でカチャンと不快な金属音がした。
「そういうの、やめろよ」
「想定できることですよ。僕らが何故七月に取り残されたのか、それすらわからないわけですし」
平然と言って、手を合わせる。霧島が食べ終わった一方で、僕はまだ半分以上残っている。
すぐ出て行くかと思ったのに、違った。霧島は椅子に座ったままだ。
怪訝に思って見ると、あの泥のような目が無表情の中に浮かんでいた。
「ユイさんは、何もかもが虚しくなることはありますか」
「……え?」
「虚ろでからっぽだと、生き死にすらどうでもよくなる。明日が来ようと来まいと関係ない。どうせ、この虚ろな心は満たせない」
抑揚のない声に、芯から凍りついてゆく。心臓が脈打ち、恐怖でいっぱいになる。
僕が一言も発せないでいると、霧島の無表情に失望の色が滲んだ。
「わかりませんか。……わかりませんよね」
口元に苦笑いが浮かぶ。去って行く背中に、奇妙な焦りを覚えて呼び止めた。
「霧島」
ふり返る。元の柔らかなだけの笑みで。
「何ですか?」
「……ここから出たら、どこに帰るんだ?」
霧島が困惑したように眉を顰める。
「帰る場所なんてありませんが」
「は?」
今度は僕が戸惑う番だった。帰る場所がない?
「知りませんか?父は数年前に死んでいますし、祖父母も既にいませんでした。親戚の家を転々としていましたが、最近は行く先々で人が亡くなり、行き場がなくなりました」
他人事のようなスラスラ語られる内容に絶句する。軽くは母から聞いていた。が、ここまで酷いとは思わなかった。
なのに、霧島は平然としていた。何の感情も見当たらず、口元だけは微笑のまま。
「あんたは辛くないの?」
「辛い?」
「周りの人間がどんどん死んで、たらい回しにされて、こんなド田舎にやられて。悲しいとか苦しいとか、思わないのかよ」
霧島から笑みが消えた。黒々と濁った泥の瞳が、僕の顔を見つめる。
「さあ。よく、わからない」
ああ、こいつは壊れている。
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