3.不協和音

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 最初から僕と霧島は別の道を歩いていた。同じ人間であるはずがない。  なのに、僕は霧島涙をもう一人の自分だと思っていた。会ったことのない双子の弟に、勝手な幻想を抱いていたような気がする。たぶん、霧島も。 「自分だけ被害者みたいな顔するな!あんたがここに来てから、僕は劣等感で散々だったんだ!優雅で洒落者で人に好かれて、そのくせ虚しいだの生き死にがどうでもいいだの言って、本当に苛々する!……僕は、あんたが羨ましかった」  低く呟くと、霧島は困ったように首を傾げた。 「羨ましい?僕が?」 「そうだよ。悪いか?」 「……わからない。けど、僕とあなたは別の人間、なんですね。……道理で、違和感だらけ」  霧島は暗く笑って、視線を落とす。 「昔から、僕は人間として欠落したところがあるようです。他人と違うことが苦しかった。けど、早坂唯というもう一人の僕がいた。彼はきっと僕と同じだと、僕の理解者になり得る人だと思っていた。都合のいい、幻想でしたけど。僕の中の早坂唯と、実際のユイさんはだいぶ違った」 「それで失望したって?」 「ええ。あなたは、僕の持っていないものを全部持っていた。……赤の他人だってことでしょうね」 「それは違う」  泥の瞳が僕を見た。真っ黒な、孤独。もう怖くはない。  つかんでいた手を放し、ぽんと霧島の頭にのせた。 「僕は一応、あんたの兄だから。話だけなら聞く」  理解できなくとも、痛みを聞いて想像するくらいなら。  霧島が二度まばたきをして、一粒だけ雫がこぼれ落ちた。 「本当に別の人間なんですね。……ユイは、優しすぎる」
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