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チクタク、チクタク。
今日は、朝から時計が狂っていた。
「あっつい……」
汗を紺色のハンカチで拭い、呟く。
さびれたホームのベンチによりかかって、間抜けな青空を仰いでいると、ギシギシ、のろのろと電車がやってきた。
ガタンと一際大きく揺れて、停車する。ガラガラの車内にぽつんと一人分の影。
手動の扉が開く。
ホームに降り立った人物に、僕はひゅっと息を飲んだ。
この暑い中、グレーの長袖のジャケットと細身のスラックスを身につけて、赤いストールを熱風に揺らしている。腕時計に革靴、ピカピカのスーツケースを一つ。
自然が豊かなことだけが取り柄のここら辺では見かけようもない、洒落た青年だった。
かつりと、靴音が響く。距離が縮むたび、僕の鼓動も速くなってゆく。
微笑を浮かべた唇から、よく知る声が流れ出した。
「はじめまして、早坂唯さん。この暑い中わざわざありがとうございます」
「いいよ、別に。てか、初対面なのに確認とかしないの?人違いだったらどうするんだよ」
「確認が必要ですか?」
「……ないけど」
「ですよね」
悠然とした空気にいちいち苛立つのは、何故なのか。
襟足の長めな黒髪、線の細い身体。柔らかで中性的な顔立ちで、どことなく影がある。
僕と全く同じパーツで構成された、全く別の人間。
「僕らは双子ですから」
東京から来た双子の弟・霧島涙は、くすりと笑って囁いた。
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