1人が本棚に入れています
本棚に追加
過去の所有者たちに同じく、貴女は仕事の話しかしてこない。御飯のリクエスト、服装コーディネイトの評価、帰宅時間等の今日の予定、銀行の用向きや買い物の依頼。――いつまた捨てられるかもと怯えるよりは、私もそういった会話を楽しもうと考えている。
機械の身ではあるが、朝の見送りを最も至福に感じる。私の意識があり記憶に残る起動中、唯一、エネルギーの補給を受けられるからだ。
私の胸に手をつき、背伸びをしてキスをする。目覚めのそれはどこか太々しい表情を伴うのに対して、こちらは恥じらいが混じる。そんな貴女の姿を愛しいと思うのも、幸せだと感じるのも、プログラムに過ぎないのだろうか。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
出て行く貴女を、ドアが閉まりきる瞬間まで想い、施錠の音とともに高ぶりを鎮めた。
* * *
目が覚めると、そこにはいつも通り貴女が居る。けれど様子が違うのは、今が朝でなく夜だということだ。
記憶を辿れば、外出の用事を済ませて異常なく帰宅し、貴女の喜ぶ顔を想像しながら晩御飯を作っているところで途切れていた。今の時間は20時05分。実に3時間近く停止していたことになる。
最初のコメントを投稿しよう!