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風を切り、大木の合間を走り抜ける白毛の巨狼。その地を蹴る速さは尋常ではない。
途中に、渓谷のような裂けた地面が剥き出た場所があったが、その上を狼は難なくと飛び越えて行った。その後も突き出た大岩を乗り越えたり、それなりに大きな川を渡ったりとジグザグに森の中を走り抜ける巨狼。だが、行く手にそんな数々の障害があろうと、進む速度に変わりはない。
荷馬車よりも速く動く乗り物に乗った経験がないという事と、狼にしがみつくような態勢で振り落とされまいと必死になっている状態から、今のハボックの状況はこうだ。
「うわぁああああああ止まってぇえええええ!!!」
巨狼が通った後には、ハボックの喧しい叫び声が当然に付いてまわっていた。
「ぅるさいのう……もすこししずかにできねのか」
背後で白い毛を握ってしがみ付いているハボックに、同乗している少年が耐えかねて言った。
「わぁああああああああああああ」
しかしハボックには聞こえていない。
「……。はぁ、むこうの人間とはこないにやかましものなのか……めっぽうるさい……」
横目に後ろのハボックを見つめ、少年は呆れたようにため息を吐く。
少年とハボックを乗せて、しばらくの間も巨狼は足を休めることなく走り続けた。ジグザグと駆けて、時に上へ下へと大きく動き、その巨体を揺らして流れるように進んでいった。もちろん、その間も声が枯れるまでハボックも叫び続けた。
それからようやくして、ハボックの叫びが聞こえなくなって幾分か経った頃。凄まじい速さで森を駆けていた狼が急に足の速度を緩めた。やがて小走りになり、ゆっくりと歩きだす。叫ぶこととしがみつくことに体力を消耗して、半ば意識が飛びそうになっていたハボックもそれに気がつく。そしていつの間にか、一行は大木の生い茂った森の中を抜けていた。
そこには、さきほどまで辺りを覆っていた大木は一つも無く、代わりに、長く大きな藁を束ねて三角に立てた物体――家屋のような――が一帯を埋め尽くしている。中には簡易に切り取られたらしい木材を合わせて作られた大きな物体もある。そして、その物体が密集するあちらこちらに細い煙が空に向かって高く上っており、住民らしき人影が至る所に見て取れた。
――――ここは、”村”のようだ。
「■■■っ! ■■■■■っ!」
目の前に広がる“村”を前に、突然、少年が大きな声で何かを叫ぶ。だが心なしか、彼の話す言葉がよく分からない。すると、少年の声に気が付いたらしい村の住民の数人がふらふらとハボックと少年の乗った狼の周りに集まってきた。
「いっ……!?」
近づいて来た村人たちの姿が目に入り、ハボックは思わず叫びそうになる。
村人たちはなぜか皆似たように、何かの模様の入った不気味な面を被っていた。おまけに、布の面積が少ない衣服から見える素肌の色が真っ黒だ。それはもう、まるで炭のように。
「ガヴー? ■■■■■■??」
村人の一人が少年に向かって、声を掛けている。だが、やはりその言葉は聞き取れない。というより、何を言っているのか分からない。
「“■■”■■■■■。シャカム■■■■■■■■■」
「“■■■■”■?!」
「“■■■■”■。■■■■■■■■■」
どうやらさっきの少年の言葉はこの村の言語らしい。同じように、村人の一人と少年が聞きなれない言葉で会話をしていると、最中に後ろのハボックに向けて少年が指をさした。
「え……?」
なぜ自分を指したのだろうと、ハボックが首を傾げると、村人たちも少年の差した指を辿って、後ろに見えるハボックの姿に気付きだす。途端に、村人たちの様子が騒がしくなった。
「“■■”!?」
「“■■”■!!」
「“■■■■”■っ!! ■■―■“■■■■”■■■■■っ!! シャカム■■■■■っ!!」
村人たちが驚愕したような声で叫んでいる。そのうちに少年と話していた背の高い村人が周りの村人に何かを指示して、二人ほど村の中へと駆けて行った。
――――なんというかひょっとして、今のこの状況はまずいのではないだろうか。何かが。
「ね、ねぇ! さっきから何を話してるの……?なんか、みんなおっきな声で言ってるけど……」
「“いわい”だ。おめぇのな」
「……え?」
少年は振り返り、微笑みながらハボックに答えた。
「かんげいするってことさぁ。ようこそ、ワシらのむらへ。人間のこよ」
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