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「っ……」
遠くから見ていたので細かな姿がわからなかったが、こちらに向かってくる老人の姿が徐々に近くなるに連れて、その姿がはっきりと目に映ると、ハボックは思わず息を飲んだ。
地面まで伸びる白い髪は立髪のようになっており、顔を覆った面は他の村人がしていたものよりもずっと恐ろしい。上半身は服を着ておらず、見えている素肌はやはりほかと同じく炭のように黒い。
そして、体は思ったよりも大きく、立髪のような髪も合間って、がたいの大きな獣と対峙しているような気さえした。腰を曲げているので、背を伸ばしたらまだ大きく見えるだろう。
とにかく、老人の姿が恐ろしかった。杖をついている姿のおかげで多少は弱々しく見えるが、それでも畏怖せざるを得ない。
やがて、少年と男を後ろに、老人はハボックの前に立ち止まる。
「…………君、私の言葉が分かるかね」
老人が口を開いた。緊張からハボックもビクリと肩を動かす。
「え……! あ、はい……」
ハボックの言葉に老人は後ろに控える少年を一瞥すると、ふむふむと何かを納得する。
「そうか。向こうから来られたのだ。さぞやお疲れになったであろう」
「え、えっと、すみません……何の……話ですか……?」
「……あぁ、すまないね。説明も無しに。そうだな、まずは紹介から始めなくては」
こほん、とひと咳すると老人は言葉を続ける。
「私の名はシャカムと言う。この村の長をしている」
胸に手を当て、老人ーーシャカムはお辞儀をするように頭を下げた。
「後ろの男は私のせがれ、ヘリヴムだ。そして、君を見つけたこの子はガヴー」
名を呼ばれると、シャカムの後ろで男が軽くお辞儀をする。少年も頷いてこちらを見つめてくる。
「あ……えと、僕はハボックです……よ、よろしくお願いします」
つられて、ハボックも恐る恐る三人にお辞儀を返した。
「そう固くなることはない。まぁ、と言っても。迷いのあげく、ここまで来てしまっているのだから、不安でない事の方がおかしな話だが……話題を改めよう。ハボック、君は黒い森を抜けて来た、それで間違いないかね?」
「そ、そうです……!」
「■■■■■■……」
聴き慣れない言葉を口ずさみ、ハボックから目を逸らすと、何かを考え込むようにして口を止めるシャカム。一瞬の間を開けると、シャカムは再び話を始めた。
「……君が抜けて来たその黒い森は、私たちの村では古くから"渡りの入り口"と呼ばれている」
「わたりの……いりぐち?」
「そうだ。君と同じような言葉を話す人間が時たまにそこから現れるのだよ。だが、あの森は人間以外の者たちも姿を現すことがある。だから私たちは森を恐れて、遥かに離れたこの地で身を潜めて生きているんだ」
「は、はあ……」
「しかし、森から姿を現す者が人間である時は非常に稀でね。私が見たのも君が初めてだ。過去に現れたと知られる人間の数も数えられる程度。正直に言えば、ガヴーの助けがあったとはいえ、君があの森を抜けてここまで来れているという事が私には信じられない。よく生きてここまで来れたね」
「あ……いや、でも、僕だけじゃなかったので……」
もとを辿れば主人と逸れてしまった顛末がこれなのだから、なんとも言えない。けれど、多分、運がよかったのは確かだろう。
しかしある意味、あの主人と一緒にいた事を考えると、少し安心な気もしないでもなかった。今はとても心細い。
「……ガヴーから話を聞いたが、一緒に来た人間とは逸れてしまったのかい?」
「は、はい……」
「ふむ……あの森の近くでは、人ならざる者が多い。まだあの地で生きているのだとしても、時間の問題であろう」
「え……時間の問題って……」
「命が危ういという事だ」
「……!!」
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