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「だいたい、いったか? あとはほかに……」
村の藁家が集まる一角で、顎に手を寄せ考え込むガヴー。隣では、力尽きるように地面に膝をついて肩を落とすハボックがいる。
「ガヴー……もう、もういいよ……村の人たちの名前はぜんぶ覚えきれないから……」
さっき聞いたガヴーの説明(という名の呪文)がまだ頭の中にこだましている。パンクして頭痛さえしてきそうだ。
ハボックが沈んでいると、ガヴーが目を見開いてパッと見てくる。
「そうなのか? なんだ、さきにいえ。すこしですんだのに」
「え……」
という事は村人の名前までは聞く必要はなかったという事だろうか。なんという無駄な時間、体力。
(先に言ってよ……)
言葉に出して何かされても怖いので、ハボックは心の中で小さく呟いた。
(ん……?)
とその時、ハボックがたまたま目を向けた方向にいた村人の数人と目が合う。といっても、村人は皆お面を付けているので本当に目があったかは分からないが、ハボックが目を向けると同じくらいに、村人たちが顔を背けた。
初めてこの村に来た時は叫び声を上げていたし、シャカムと話をする時も村人たちはハボックの後ろをついてきていた。今でも思い出すとゾッとするような光景だったが、あの後、ガヴーが集まってくる村人たちに何かを言ってくれたおかげで、今に至るまでガヴーと二人きりで村の中を見回ることができた。だが、今の反応を見るに、やはり村人たちはハボックの事を何かと気にしているように思う。
「……ねぇ、ガヴー。聞いてもいい?」
「なんだ」
「あの……村の人たちはどうして僕が気になるの? シャカムさんは落ち着いた人だったけど……なんか、他の人はすごく気にしてるみたいだから……」
「あぁ、人間がめずらしいから。みなうれしのさ」
「人が来たら……そんなにうれしいの?」
「そうだな」
「へぇ……」
いくら珍しいとはいえ、村に来た初めの頃で叫ぶほど村人にとっては風来人が来る事はそんなに嬉しい事なのだろうか。妙に疑問に思える。だが、ガヴーに同じ質問をする事になってしまう気がしたので、それで納得する事にした。
「そうだ。ガヴーはなんでお面を付けてないの?」
「おめん? なんのことだ?」
「あ、えっと、あれだよ。あの村の人たちが顔につけてるの。あれがお面」
ハボックが自分の顔と村人の方を指差して言うと、納得したようにガヴーは声を漏らした。
「あぁ、■■のことか。わしにはひつようない」
「そうなの? なんで?」
「わしはみなとはちがう。みなにはひつようだが、わしはちがう」
「そう、なんだ……」
いまいちピンとこない説明だ。けれど、もしかしたら村のしきたりか何かのルールなのかも知れない。これ以上聞くのはよそ者の立場からして図々しい。よしておこう。
…………ぐうううぅぅぅぅぅぅ。
「ぴゃ!? なんだ?!」
「あ……ごめん。そういえば、僕なにも食べてないや……」
音に驚くガヴーの隣で、ハボックが腹をさする。よくよく考えてみればそうだ。主人に起こされてからずっと連れまわされて、口に物を入れていない。なんだか、黒茂ノ森に入ってから腹の音を鳴らす事が多くなった気がする。
「はらがすいてるのか? なら、こっちだ」
「え? どこいくの!」
腹から音が漏れるハボックの腕を掴んで、またガヴーは村のどこかへと勢いよく走り出したーー。
ーー@ーー
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