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目の前に出されたのは、巨大なイモムシのような形をした何かだった。しっかりと炙られた所為で、見た目はほぼ真っ黒。いや、真っ黒に近い焦げた色というべきか。側面にはいくつか突起が生えているが、ただ焼かれすぎてビジュアルが見て取れない。焦げと香ばしさが混ざったなんとも言えない臭いがする。
「さぁ、くえ」
遠慮はするな、と言わないばかりに傍に座るガヴーが見つめてくる。ハボックの額に大量の汗が滴り落ちた。
「これ、食べるの…………?」
ゴクリッ、と別の意味で唾を飲むハボック。
ガヴーに案内されてやってきたのは、村の調理場のような場所。何かを燻製させたような匂いがあたりに漂っている。目の前には食卓のように分厚く長い平らな岩が置かれており、その上に用意された料理とハボックは今対面している。
ーーこれは、この物体はなんだ。なんだこれはなにでできている。動物? いや、それにしては多足のように見えるし、もしや本当にイモムシのような虫なのでは……。
チラリとガヴーを見るハボック。ニコリッと笑い返すガヴー。初めて会ってから初めてガヴーの笑う姿を見た気がする。あんな説明の調子だったのに、こんな風に笑えたんだなこの子。失礼だけど。きっと親切心全開なのだろうけれど、すごく申し訳ない。これは食べる気がしない。
「ガヴーや、やっぱいいや! まだ食べる気しないから今はいいよ!」
あはは、と愛想笑いをして返すハボック。
「なんだたべんのか? カマダラにおこられるぞ」
「かまだら?」
ハボックがガヴーの言葉を聞き返すと、いきなりダンッと物凄い音と共に目の前に置かれたイモムシ(仮)の料理が大きな何かで寸断される。イモムシから赤茶色の液体が飛び散った。
「へ……?」
一瞬なにが起きたのか分からなかったが、目の前に向き直ると、そこにはとてつもなく大きなガタイをした村人が片手に持った鉈のような包丁をイモムシに振り下ろしている姿があった。村人は木の板の上に置かれるイモムシに包丁を入れたまま、ハボックをじっと見つめている。
「カマダラだ。のこすとこわいからちゃんとくえ」
「…………っ」
「■■■■■■■■■■■」
「"あついからきをつけろよ"、ていってる。きをつけろよ」
「あ……はい…………」
ハボックの返事に、カマダラがイモムシに刺さった包丁を抜き取る。グチョアッッという音と一緒に、見るも無残なイモムシの料理から赤茶色の液体が滴った。
ーーイモムシを残したら殺される。間違いない。
戦慄のような何かを感じた。食べずに逃げるのも、食べて残す事もできない。食べきることしか、あとがない。
(ワンチャンス……ガヴーに半分食べてもらえないかな……)
ガヴーを尋ねようとしたら、目の前にある調理場でしきりに包丁を研ぐ様子のカマダラが目に入って見ることが叶わなかった。
なんとなくだが、ガヴーに半分食べてもらおうとしても殺されるな気がする。
ーーだが食欲以前に、これは本当に食べられるものなのか?
さっきからハボックの頭の中ではその自問が繰り返されている。いや、食べられないものを流石に出したりはしないだろうが、ものすごく不安だ。味もそうだし、食べた後のこととか。
周りを見れば、この調理場に他に集まった村人たちが、ハボックと同じように布を何枚にも重ねた地面の上に座って賑わっている様子が目に入った。食べる時もお面を外さずに食べるようだが、よく見れば、食べているものの中にハボックの料理と同じものを豪快に手でちぎって食す村人がいる。
(ああやって食べるのか……)
改めて、ハボックはイモムシに向き直った。カマダラがこちらを伺っているのが分かる。ガヴーも自分が食べる様子を今か今かと見待ちわびている。きっと、他の村人も背後で自分の姿を見ていることだろう。もう、覚悟を決めるしかない。
ゴクリともう一度唾を飲み、イモムシ(仮)のなれの果てに手をかける。まだ料理が熱くて持つ手が痛むが、躊躇いなんざしていられない。
「い、いただきます……!!」
イモムシから生えでた突起を握りしめ、力強く身をちぎると、それを口の中に押し込むように放り込んだ。
「……っ!!」
肉汁のような汁が口の中いっぱいに広がる。まるで豚肉をそのまま焼いたような味。塩に似た調味料で味付けされた辛味と香味が舌にヒリリと伝わった。
「どうだ?」
「美味い……!!」
普通に美味しい。ていうか、虫ではなかったんだな安心した。
「そうだろ! カマダラのメシはうまいんだ。のこしたらバチがあたる」
うんうん、と頷きながらガヴーが答える。
確かに言えている。これを残すなんてもったいない。ハボックもそう思いながら、イモムシ(仮)に手を伸ばしてしきりに口に運び入れるのだったーー。
To be continued.
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