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第1話 絹大春季トライアル
風は、バックストレートの彼方から、トラックの出口に向かって吹いていた。
山の中腹で、トラックは高さ5mほどの強固な石垣にぐるりと囲まれていた。
バックストレートのほうには緑のフェンスが張られていて、精いっぱい背伸びをすると、山の下の町、絹山市を一望することができた。
地形の関係か。
風は、トラックの向こうからホームストレートの手前へと、対角線に吹くのが常だった。
今も薫る、春の、さわやかな風。
通常は心地よいであろうその風が、分厚い大気の壁となって襲いかかってきて僕を苦しめていた。
「……っ!」
ゴールラインを駆け抜けて、僕はすべてから解放された。
惰性で、鮮やかなオレンジ色のタータンの上をしばらく走っていく。
やがてゆっくりと立ち止まり、息を吐きながら蒼天を仰ぐ。
鼓動が、心臓からこめかみへとつながっていた。
呼吸を繰り返しながら、僕は手を伸ばして紫色のスパイクのひもを緩めた。
手のひらにじんわりと浮かんだ汗が、やけに不快だった。
四月上旬。
私立絹山大学、陸上競技部練習トラック。
そこでは多くの陸上部員が部内の春季トライアルに参加していた。
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