第1話 絹大春季トライアル

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よいしょっと芝生の上に腰を下ろすと、一緒に走ったキャプテンに声をかけられた。 3年生の、高柳智之。 うちの大学は、伝統的に3年生がキャプテンになる。 「そうですかね」 「なんか前よりひどくなってっぞ」 偉そうな表情で、高柳さんは先輩ぶって鼻を鳴らした。 「そうですかね」 「まあ、あれだ」 一瞬、沈黙して、 「まあ…、なんだ。まあ頑張れや」 いいセリフが思い浮かばなかったらしい。 高柳さんは基本的に残念な人である。 キャプテンとアホを両立する人なのだが、そのスプリントは素晴らしく、全国的にも有名な選手だ。 去年の日本選手権では決勝6位。 シンプルに言えば、日本で6番目だ。 むろん、トップアスリートと呼んでも差し支えないだろう。 僕なんかとは大違いだ。才能が違うのである。 (才能、か…) 僕も、小学校のころは神童と呼ばれていた。 意気揚々と中学校に入り、3年のときに全中で優勝。 中学歴代8位の10秒79をマークした。 将来、世界陸上、そしてオリンピックに出る。 漠然とそう思っていたし、きっとそうなると思っていた。 しかし、高校に入ってからはまったく伸びなかった。 分かりやすく壁にぶつかり、中学校のときに出した記録すら更新できず、結局、東北大会の決勝7位が最高で、インターハイには一度も出場することができなかった。     
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