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マイとサクラも花壇の上に落ちた。
花壇の土が柔らかなクッションとなり、二人とも原型は留めていたが――しかし、二人とも打ちどころが悪く、即死したそうだ。即死だったのは、せめてもの救いだと、少しだけ大人になってから、私は思った。
呆然として泣くことも出来ない私を、先生や警察や、やたら優しく微笑むお姉さんたちが取り囲み、何があったのか、いじめられていたのか、とかわるがわる尋ねた。
「空を飛ぼうと思ったんです」と言えば、みんな驚いた顔をした。
「マイは飛べたんです」と言えば、みんなの顔はどこか悲しそうなものになった。
飛べたはずだったのだ。信じれば。
マイは空を飛べていたはずだ。私はそう確信していた。
なのにどうして、マイすらも飛べなかったんだろう?
転校して、小学校を卒業して、中学、高校、大学、そして就活を終え、社会人になる頃には、私はもう、その理由をわかってしまっていた。
――信じれば、全てが叶う。
そんなことはないのだ。そんなわけがないのだ。
現実は現実に過ぎない。いくら願っても祈っても、いくら心から信じても、現実は、ただじっと、冷たくそこにあるだけなのだ。
それでも。
何故か、あの頃のことを思い出すと、背中が無性に痒くなる。
何かが疼いてるみたいに。
何かが、私の背中から、現れようとしているみたいに。
例えば……例えば……天使のような、真っ白の羽根、とか。
背中を掻きながら、私はフェンス越しに校舎を眺める。雨はまだ止まない。
あの日、私は、いろんなものを捨てた。
子供心。
または、幼さ。
あるいは――希望。
もし、もし、あの日、私が、マイやサクラと一緒に屋上から飛び降りていれば、何か変わっていたのだろうか。私たちの背中から羽根が生えて、空を飛んでいたんじゃないだろうか。
もうわからない。私には、確かめるすべもない。
そんなことを思いながら、がりがりと背中を掻き続ける。
いつまでも、いつまでも、背中の痒みはおさまってくれなかった。
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