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「おっせーよ。和花」
急いで教室の中へ駆け込む。すると一番後ろの席に座っていた勇人が、不機嫌そうに私を見上げた。
「ごめんなさい」
そう言って私は勇人の隣に腰かける。
「しょうがねぇなぁ。ほんとトロいんだから、お前は」
勇人の手が伸びて、私の頭をくしゃっとかきまぜる。久しぶりに感じる勇人のぬくもり。
「なぁ、和花。今日お前んち行ってもいい?」
私の頭に手を乗せたまま、勇人が顔をのぞきこむ。黙り込んだ私の耳元で、勇人の声がもう一度聞こえた。
「いいだろ? 和花」
「うん……」
満足そうに笑った勇人が、私から離れて立ち上がる。
「じゃ、あとで」
「え、ちょっと、待って」
講義も受けずに出て行こうとする勇人を呼び止める。
「あのっ……一週間も連絡とれないで……どこか行ってたの?」
「あ? 旅行だよ、旅行。お前に言ってなかったっけ?」
誰と? どこに? 聞きたいことはたくさんあるのに、私はそれを聞くことができない。
「じゃ、あとで行くからな」
それだけ言うと勇人は背中を向けて、私の前からいなくなった。
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