1話完結

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乗り換える次の停車駅では奥のドアが開くので、できるだけ前に進んだ。閉じている側のドアと座席と座席との間のスペース――乗降口――の手前、ちょうど吊り革の下がる辺りで、ナイロン製の黒いパーカーを着た、190センチはあろうかという長身の男の背に行く手を阻まれた。もっとドアに近づいておきたかったが、男は絶壁のように立ちはだかっており、それ以上進むのは難しかった。ゆったりとした上着なのでシルエットはわからないが、後ろから押されてぶつかった時の感覚では、かなり頑丈な身体をしているようだった。たすき掛けにされた、これまたナイロンの安っぽい黒いビジネスバッグは身体に沿って曲がっており、中身はほとんど入っていない様子だった。その男とドアの間にはふたりほどの乗客がいる感じだ。 私の右斜め前、座席横の手すりではサラリーマン風の肥った男が少年漫画の週刊誌を広げていた。30代半ばから40歳くらいだろうか。一方、トレラン迷惑オヤジは左側の少し離れた位置に落ち着いたので安心した。 混雑はしていたが、ぎゅうぎゅう詰めというほどでもない。誰かしらとは接触せざるを得ないが、誰かに押し付けられるということもない、という程度の混み具合だ。 と、後ろから、泥の海を泳ぐようにして、かなり強引に女が進んできた。車内は乗車時の混乱が収束して落ち着いたときだったので、なんなんだ、と思った。私の左前、壁男のすぐ横で止まった。女の身長は160センチほどで、セミロングの髪は雑に染められた茶色だ。紺色の厚手のウールのコートには毛玉がこれでもかと浮き上がっている。 電車が動きだした。次の駅まではおよそ10分。いつものように暇つぶしに車内の様子を眺め回した。     
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