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すると、強引女のすぐ向こう、ひとり挟んだところに、首を伸ばして何かを覗き込む動作をする挙動不審な男がいた。〝怪しげな男A〟としておこう。男は強引女の方を向いて立ち、首を左に傾げながら、ドア側の下の方を、背伸びするようにしてさかんに覗き込んでいた。覗き込んでいる先は、壁男に遮られて私からはまったく見えない。前の乗客の背中越しにスマホの画面でも見ているのかと思った。それにしては何度もするし、スマホ画面を見るとしたら一度当たりの時間はずいぶん短かった。だけど、よほど興味があるにしても背伸びまでして覗き込むだろうか?
怪しげな男Aは細身で、染みの目立つ赤黒く陽に焼け顔には無駄な肉が一切ついていなかった。短く程々に整っている髪は、どうやら安い床屋で切ってもらったらしかった。
怪しげな男Aは依然として執拗に何かを覗き込んでいた。すると、ふと私の前の壁男に目配せをした。私から壁男の顔は見えないが、何度かそういうやり取りがあり、ときどき壁男がうなずいたりしていたから、たぶん間違いない。壁男は、〝怪しげな男B〟に昇格した。Aとのやりとりの最中、怪しげな男Bは、吊り革の下がるパイプを掴む左手の手首にはめたシチズンのアナログ時計を何度か見た。文字盤は青みがかった紫色で、12時と6時だけがローマ数字になっていた。あまり高そうなものではなかった。性能は分からないが、少なくともセンスはよくなかった。
よくよく見ていると、怪しげな男たちが普通の人ではないように思えてきた。韓国か北朝鮮のスパイ? ふたりに共通するなにかがあった。鍛えられている感じで、センスが悪く、安っぽい。いや、人間が安っぽいというわけではなく、着るものや持ち物には金を掛けないという雰囲気が漂っていた。
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