最高の相棒

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 あれから、かなりの歳月が経った。  僕は社会人になり、ある女性の夫となり、ふたりの子の父親になった。  この夏、家族を伴って、実家に帰ったときのこと。  若干伸びている芝生でも刈るかと思い立ち、芝刈り機を探して庭の物置を開けた。  瞬間、息をのみ、目をみはった。 「え?」  なんと、“あの青い自転車”が、そこにあったのだ。  あのとき、こいつとの別れを泣く泣く決めた日。  くまなく磨きあげたあと、こいつをいたく気に入っていた小さな従弟のたっての望みで譲ったはず……。  なのに、どうしてここに?  さっそく父を呼び、子細を尋ねたところ――。  ちょうど僕が家を出て、遠方の大学へと通いはじめたころ、従弟も自転車のサイズが合わなくなったそうだ。  しかし、そのまま処分するのも忍びないと、再び実家へと戻されたものらしい。  その後は、父が折に触れて手を入れていたようで、長年使われてきたとは思えないほど、状態が良かった。 「あっ!」  物置を前にして、話しこんでいる僕と父の姿を認めて、走り寄ってきた息子が目を丸くした。 「自転車! 誰の?」 「ん? お父さんが、ちょうどお前くらいのとき、乗ってた自転車さ」 「そうなんだ」  興味津々で自転車を見つめる息子。  それから、ふっとこちらを向くと、顔を輝かせ声を弾ませ尋ねてきた。 「僕、乗っていい?」 「もちろん」 「やった!」  小躍りする息子に、自転車を出してやり、小学一年生の僕にこの自転車をプレゼントしてくれた父親と同じように、そっと託した。 「気を付けて乗るんだぞ」 「うん!」  あのとき――。この青い自転車と永遠の別れを決めたとき以来。  すっかり捨て去っていた最高の相棒との想い出が、まるで昨日のことのように鮮やかによみがえってくる。  僕は、楽しそうに自転車に乗る息子の姿に、あのころの自分の姿を重ね合わせながら、感慨深く眺めた。  自然と口元がほころんでくる。  そうして、得意げにこちらを向いた息子に対して、初めてこの自転車に乗った僕に父がしてくれたように、温かい拍手を父と共に送ったのだった。 fin.
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