Indigo  ― 藍 ―

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松坂と名乗る男は、一瞬顔を見たものの目をそらしながら 二人に名刺を手渡した。 名刺には、松坂楓と書かれていた。 「あっ、男性だったんですね。 ごめんなさい私てっきり女性の方だと」 やーやんは驚きながら、思わず声に出してしまった。 「あっ、気にしないでください。 カエデって、女性に多い名前だから、 あの、よく間違えられますから――」 「明日からは、この桜井と山崎が担当しますので、 頼みましたよ松坂さん」 「あっ、こちらこそよろしくお願いいたします」 向井と松坂が応接室を去った後、 やーやんはテンションMAXで浮かれている。 「のあ! 見た今の彼、ああっ、どうしよう。 キュンとしちゃった。 すっごいイケメン! 彼女いるのかな? わぁ、明日何着てこようかな。 新しいファンデ帰り買わなきゃ」  鼻歌を歌いながら、テーブルのお茶を片付けるやーやんとは対照的に、 のあは硬直したまま一歩も動かない。 お尻でドアを押しながら応接室を出ようとするやーやーんはこの時、 初めてのあの異変に気が付いた。 「うん? どうした? まさか私と恋のライバルになるつもり? ハードル高いわよ」 「うん? のあ、大丈夫、具合でも悪いの?」  のあの瞳は微かに充血し、小刻みに指が震えている。 「あ、あ、あっ、あの人……」 「えっ、のあ知り合い?」 「ビ、ビ、ビール……」 「ガシャーン!わぁっ」 のあの口元から聞こえる言葉の意味をようやく理解したのか、 やーやんは思わず手に抱えていたお盆と湯呑を床に落としてしまった。 「うっ、嘘! 彼にかけたの?」 「……う、うん」 「ど、ど、どっ、どうしよう……」 「……」 「こ、こんな時はさぁ、 帰りに焼き肉でも食べようよ。 ねっ!」 「むっ、無理……」 「だよね……」  あの夜から、二日目の夜を迎えた時 探し求めていた突然の男性との再会に、 被害者と加害者…… そして、 共同ビジネスのパートナー…… 桜井のあの頭は、フリーズしたままだった。
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