Indigo  ― 藍 ―

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「あと五分……」 「あと三分……」  春日町交番で、一人デスクに腰掛け左手につけた腕時計を睨みつけいている 警察官がいた。 「先輩。もういいですよ。 今から着替えれば、丁度交代の時間だし変わりますよ」  後輩の警官だろうか、細身の若い警官が遼に声をかけていた。 「何言ってんの? ダメだよ。そんなに甘やかしちゃ。 それじゃぁ、俺が後輩に催促してるみたいじゃないの」 「そんなに机揺らしながら、時計睨みつけてたら 困って交番に訪ねてくる人達、皆逃げちゃいますよ」  後輩警官の言葉に、甘えるように残り一分を確認した遼は立ち上がり 更衣室へと足を進めようとした時、 扉を開け一人の年配女性が入って来た。 「遼ちゃん! 大変だよ。大変」  女性は慌てた様子で、ジェスチャーをしながら遼に何かを伝えようとしている。 徒歩で五分程の場所にある、お好み焼き屋のおばさんだった。 「自殺だよ。自殺」 「えっ?」  おばさんの話では、思いつめた雰囲気の人が解体予定のビルの非常階段を登る姿を 目撃したらしく遼に伝えに訪ねて来た様子だった。 「ピピッ、ピピッ」 遼の腕時計のアラームが鳴り響く。 「じゃっ、後は、ねっ」 「えっ? 先輩!」  交代時間を知らせるアラームに遼は反応し、再び更衣室へと向かった時、 おばさんは再び声を荒げた。 「あんな若い女の子の死んだ姿なんか、わたしゃ見たくないよ」 「……若い女の子」 遼は、すぐさま振り返り現場のビルへと猛ダッシュで走って行った。
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